もしも、平穏な日常が突然壊されたら?
もしも、学校が突然魔界に飛ばされたら?
メガテンシリーズの5作目。
前作までのマクロ的な終末の世界を描いた作品から一変し、登場人物の内面的・ミクロ的舞台が作品の主要テーマである。
天才高校生・狭間偉出夫は自分で完成させた悪魔召喚プログラムを使い、悪魔や魔界を自分の支配下に置き、自身を魔神皇と名乗る。そして彼は、自身が通う高校を、生徒や教師もろとも魔界に飛ばす。
主人公は、学校ごと魔界に飛ばされた生徒の一人である。パートナーと共に、事態の究明・解決に動き出すが・・・
・・・これは・・・
突然魔界へ迷い込んだ
とある少年少女の物語である・・・
● ソフト紹介
発売は1994年10月28日。同年発売のそのほかの作品としては、4月に真・女神II・・・。
実は、ifは前作の真・女神転生IIからわずか半年という短期間で製作されているのである。
94年下半期に限れば、Mother2(任天堂・SFC)などが発売されている。
if…のソフトはSFC版のみであり、ニンテンドウパワー書き換えサービスの対象外であることから、入手は中古ソフトでの購入などに限られ、少々入手困難な状況である。
関連物として、攻略本がアスペクト(現エンターブレイン)から2冊出ているが現在では品切である。その他、コミックやノベルもいくつか出版されている。
● if…の特徴
・ガーディアンシステム
ifを特徴づける要素としてまず筆頭に挙げられるのが、このガーディアンシステムである。通常のRPGでは、死はゲームオーバーを意味するものであった。しかし、if…では、死によって「ガーディアン」という守護天使のような悪魔がキャラのステータスにつく。これによってキャラが魔法を覚えたり、能力値を上昇させるのである。
if…においては、死ぬことが、終了や失敗といったものではなく、成長のための重要な条件になっている。キャラが強化されるわけであるから、死は避けて通れないのである。そこで、戦略的にガーディアンをつけるために、故意に死ぬことが必要になったりする。
製作者は「あえて自殺行為をするという考え方を肯定している」と言っている。だが、どうであろうか。死ななければ強くならないというのは、RPGとしては一種の掟破り、邪道ともいえる。それに、死にはタイミングが必要であり、うまく死ななければかえってキャラが弱くなったりする。使い勝手のよいガーディアンも限られており、そのあたりの情報を自力でチェックするのは至難であろう。この点が、if…を敷居の高い作品にしていることは否定できない。
・サウンド・グラフィックの使い回し
前述のように、if…は開発・製作期間が短い。そのためか、BGMや悪魔グラフィックなどの大半が真・IIと共通、悪く言えば使い回し、なのである。
武器・防具の設定や、悪魔のパラメータ、合体法則など、基本的なシステムはほぼ前作のままであり、新鮮味に乏しいと批判されることもある。
・ミクロ的舞台
これまでのメガテンシリーズでの、ロウとカオスとの対立や、世紀末の東京征服といったテーマから一転し、舞台は高校である。身近な舞台や、ミクロな設定によってキャラの内面をクローズアップさせるという手法が採用されたのである。
ただ、主人公たちが通う高校が魔界に飛ばされるという設定自体はきわめて非現実なものであるし、ゲーム中で実際に歩く場所は「魔界」や「異元化した学校」である。舞台の十分なミクロ化は、次回作以降でより顕著となるのである。
・キャラゲー
高校生という身近な存在を描くことによって、キャラの重みはシリーズ従来作より一層増した。従来ではプレイヤーの駒というイメージが強く、非常に透明感のあったキャラが、if…では存在感を持った味方として登場する。ユミコ、チャーリー、レイコ、アキラは、プレイヤーキャラクターとしてはFC版のI以来の、ユーザーが勝手に名前を付けることの許されない「登場人物」である。
ゲーム中でのキャラ同士の会話がほとんどない点は前作までと大差はないし、キャラの行動内容はプレイヤーに任されている。というわけで、キャラの性格はゲームにはそれほど反映されない。実際、どのキャラをパートナーに選んでも、差異はシナリオ的なものくらいである。
それでもしかし、ifと言えばキャラクター、なのである。彼らは、真Iのロウヒーロー・カオスヒーローや、真IIのベス以上に、親近感と魅力をもってプレイヤーの前に現れる。その理由は、やはり、彼らが「高校生」というプレイヤーが感情移入しやすい人間だからであろう。
・怠惰界
ゲーム途中に置かれている面倒な穴掘りイベントである。開発スタッフはここでifというゲームを強く印象づけようとしたようである。たしかに、苦労したぶんだけプレイヤーの記憶に残るというのはゲームの一面であろう。
ただ、穴掘り自体は達成感に乏しい退屈なものであり、成果が目に見える形であらわれる「経験値稼ぎ」よりもたちが悪い。フラグ(ゲームを先に進めるための制約)の立ち方も不明確で(月齢が1周するごとに番人1人と生徒1人とに話しかける必要がある)、話しかけなかった場合はフラグが立たず延々と歩き回ることになる。
さらに、月齢を進める間に特にするイベントもない。ただ歩き回るだけであり、レベルも十分に上がったキャラにとっては戦闘も不要になる。そこで、魔法によって敵のエンカウントを防ぎ、その間に同じ場所をグルグル歩き回るという作戦をとることになるが、これでは面倒なだけで達成感は得られない。
結局、怠惰界イベントは、スタッフの思惑どおりに行ったかどうかは疑問である。
しかし怠惰界は、当時の傾向であった、スイスイと進むが印象に残らないRPGに対する強烈なメッセージであり、そのメッセージは今もなおプレイヤーに訴えるものがある。
● 総評
世に出た当初は、if…は、メガテンシリーズの外伝と評された。しかし、その後にメガテンの外伝的作品が多く発売されるに至り、いつのまにかif…はシリーズの本流に位置づけられているようである。
評判も上々で、従来のシリーズに触れていない新規ユーザーを獲得することに成功している。
とりわけ、魅力的なキャラが人気を博しており、ケルベロスやジャックフロストといった人気者のイベントも落とさずにきっちり用意されている。旧来のファンのためには、用務員や車椅子の男などが前作に続いて登場しており、ゴトウやロウ・ヒーロー、アリスといったおなじみの人物にも会える。商業的には、販売本数以上に、以降作の路線への布石を敷いたという意味で、成功と言えるであろう。
● 感想
個人的には、まずキャラの個性を強く評価したい。キャラがきっちり立っており、かつうるさくないほどに味が抑制されていて、絶妙なバランスなのである。性格付けも実に見事であり、登場キャラの魅力はシリーズ最新作とも十分に張り合えるほどである。
ゲームシステムは、真I・IIの持つ長所・短所を引き継いでいる。ゲームバランス破壊の元である人合体を廃止したのは評価できる。宝石によるパラメータアップや、剣合体、稀少ガーディアンの存在は、やりこむ要素として大きい。
しかし、個人的にもっともif…を評価する部分は、その「静かさ」なのである。クリア目標のほかに、余計な小イベントや幕間劇が少ないために、思う存分ゲームの世界に没入できる。キャラが不必要にしゃべらないぶん、会話を想像する楽しみも増える。
ダンジョンを歩き回ることや、味方を強化することや、悪魔合体にいそしむこと、そういう、ゲーム本来の持ち味が優れているという点で、このゲームをプッシュしたい。
もちろん、難易度は高めだが。
文章:08jさん
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