偽 DICTIONARY FALL ANGEL 魔界紳士録
by バレットさん

魔界……それは誇り高き紳士たちの暗黒の楽園

 ヨーロッパのふるい格言に「いやよ いやよも 好きのうち」というものがあるが、そんなこととはまったく無関係に、この世界の涯に神より永遠に見放された不毛の大地が広がっているという。
 赤茶けた岩山、植物の息吹かぬ呪われた土、そして七七人の伊東四郎と漆黒の「ごはんですよ」に覆われたこの荒れ果てた土地を、人は<魔界>と呼んだ。
 これはその魔界に住まう、堕とされてなお気高き闇の眷属<堕天使>たちがのぞかせた、優雅にして邪悪にしてなんとなくやっぱり意味不明な横顔の嘘の記録である。


File1:虚偽の騎士“二枚舌”「ベリス」

 時にベアル、ボルフライ、ボフィなどの異名で呼ばれる地獄の公爵ベリスは、ソロモンの霊七二人の一人に数えられる強力な悪魔である。如何なる金属をも黄金に変える術と過去と未来につ>いての正しい知識を持つ彼は二六の軍団を支配下に置くといわれており、召喚された際には軍団の長にふさわしく金の冠をかぶった深紅の甲冑の兵の姿で、燃えるように赤い馬にまたがり颯爽と魔術師の前に姿をあらわすという。
 しかし、この地獄の赤い騎士は堕天使の中でも屈指の二枚舌であり、厳命をうけた場合にしか彼が過去と未来の知識を明かすことはなく、その場合にも父・子・聖霊とトーマス・エジソンについてのみ、うろ覚えである。また、召喚士が「モーニング娘。」内の人間関係について尋ねた場合には思わせぶりな発言を続けた挙句、最終的にお茶を濁す。「ドリフターズ」については非常に明確に答えてくれるというが、これは確かな話である。


File2:魔界一のプレイボーイ「シトリー」

 シトリーは愛や情欲に関わるあらゆることを支配する悪魔で、召喚されると獣の頭を持った有翼の人として姿を現わすという。シトリーを呼び出した者は、彼の望むどんな女も自由にする事が出来るが、元来探求心の旺盛なシトリーはしばしば召喚士を欺き、彼にとってラインすれすれ、あるいはそれをわずかに下回る女や、彼の無二の親友の望む二次元世界の女などに恋愛感情を植え付けては、通称「ギロチン」あるいは「マジンガーZ」こと百々島牛美さんや藤崎詩織ちゃんに言い寄られて苦笑いを浮かべる召喚士の観察を好んで行う。機嫌が良ければシトリーは時にロミオとジュリエットやS極とS極、物質と反物質の仲を取り持ったりもする。
 ヴェルデンによれば、シトリーの探求の目的は「地上に真・善・美を完全に兼ね備えた愛を表現しきった人妻ものアダルトビデオが存在し得るか」を見極める事である。この点から、地上に結婚の幸福なるものが本当にあるのかつきとめるため、地獄から派遣されたベルフェゴールと同一視されることもある。


Eile3:妄念の庇護者“プレジデント”「オセ」

 優美な豹の姿をとって現われる魔界の大総長である。人間を望みの姿に変える力を持ち、彼に変身させられた者は己が変身したことにすぐに気が付くが、人面犬と口裂け女が恐くて恐くてそれどころではないようになる。こうして変身させられたものは、片時もべっこうあめを手離さず、時折「ポマード」と三回唱えること以外はいままで通りに暮らし続ける。
 オセの能力の内でも最も特徴的なのは人間を狂気・妄想の虜にする力である。この力によってオセはソロモンの霊七二人にしては珍しく、世俗に名を知られている。オセの名は隠喩に用いられることもしばしばであるが、精神病理学者で精神分析学の創始者ジークムント・フロイトはその著作である『続々精神分析学入門』の中で、神経症の発症の原因について、「……リビドー発達の途上における障害が神経症発呈の素質を形成し、その後自我とイドの間に葛藤を起こすような体験を契機として神経症は発症するものと考えられる。が、しかしリビドーの機能不全のみが原因とは思われぬ臨床例も少なからずあり、それらの症例は明らかにすべてが悪魔オセの仕業であり、精神病理学の専門書である本書が扱う領域ではない。」となんの論拠もなしにきっぱりと言い切っており、無責任でやりっぱなしという偉大な精神科医の意外な一面がかいまみえる。
 オセの登場する文学作品中もっとも有名なものは、いうまでもなくフェルディナンドの「虚空のインド国技」とロビン・ウィリアムテルの「女体盛り」である。あまり知られていないところでは、フランツ・カフカの初期の作品「奥様は魔女」には「自分は魔女である」という妄想にとりつかれた主人公の主婦・サマンサが口走る妄言の中で、彼女が仕える悪魔としてオセが登場する。物語の最終章、妻の度が過ぎたやんちゃっぷりに疲れ果て、冷笑しか浮かべなくなった夫・ダーリンが家を出ていく。その背中ももはや目に入らなくなった恍惚の表情のサマンサが口を左右に動すと、冬だというのにどこからともなく風鈴の音が聞こえてくるラストは、寂寞の一言につきる。
 また、一般にオセはソロモン王に向かって自分がゲイであることをカミングアウトしたともいわれるが、そのような伝統は存在せず、コラン・ド・プランシーが『地獄の辞典』の中で創作したまったくのでたらめである。


File4:謎多き“ミスターX”「デカラビア」

「奇妙」という表現がこれほどあてはまるデーモンもそうはいまい。デカラビアはまさしく悪魔界の“X”である。
召喚の命を受けると魔法陣の中に、ゴボウの星という生命のない姿で現れ、しかしながら召喚士が人間の姿を取ることを望むならば、デカラビアはポルカに酷似したマイムマイムを踊り続ける。しばしば腸捻転で苦しんで心配をかけるが、医者が到着する直前に毎回けろりと治っては周囲をイライラさせ、筋肉質な二の腕を見かけた時には、ぶらりと東北一人旅に行きたがるものの、本心では東北ではなく熱海に行きたいと思っている。カレーが好物だが、カレーライスについては食わず嫌いを通している。いずれの行動についてもその理由は不明である。
デカラビアは召喚を受けると、なによりも手始めに召喚士に手編みのセーターをプレゼントし、その後、手編みの正ちゃん帽までプレゼントしてくれるという。その際には召喚士はJR職員でないのが望ましい。思わせぶりな態度を取るだけで決して直接的な行為にはいたらないので、その点でデカラビアは「Boys be……」ファンの召喚士に人気が高い。
愛玩用に飼育するのもよいが、こまめな水の取り替え、糞の掃除を怠るとすぐに死んでしまうので注意が必要。


File5:悲劇の半牛半人「ミーノータウロス」

ある晴れた昼下がり、荷馬車に揺られ市場へ売られ行くデーモン。悲しそうな目をしている。


File6:天使か、悪魔か「サマエル」

サマエルの名はグリモアには天使としてあらわされ、また、西洋ヘルメス学の伝統にあってはデーモンではなく七福神の一人として、寿老人に結びつく。しかし、ブラヴァッキーがいうには、サマエルは『創成期』の耳に噛みつく蛇、サタン、あるいは元プロボクサーと同一であり、タイソンと呼ばれることもあるらしい。ブラヴァッキーはサマエルを酢の天使であり、イザヤ書に見られる「体が柔らかい天使」に相当すると主張する。


File7:忘れ去られしグノーシスの魔王“言語”「アザナエル」

アザナエルに関する記録で現存するものは、わずかにグノーシス主義の秘儀について記した書物のごく一部であり、しかも、必ずしもキリスト教の本質と矛盾しなかったユダヤ教的グノーシスを決定的に反聖書的な方向へ走らせた悪名高い魔術師シモン・マグスによる膨大な記述は、その中に含まれない。シモン以前の祈祷書に残るアザナエルの名はおおむねが魔王としてのものであり、グノーシス主義における世界製作者であるデミウルゴスは彼女と大いに敵対している(通俗的な解説書では無知な魔王とされるデミウルゴスであるが、これはシモンより後の傾向である。それ以前は、奉げ物に「犠牲の血も神酒も薫香も必要としない」慈悲深い恵みの神であった)。
デミウルゴスとの敵対関係によってえがかれるアザナエルは、バビロニア神話における源初の女神ティアマトとの類似がしばしば指摘される。すなわち、自らが産み出した神々の子であるマルドゥク神に引き裂かれ、半身を天に、半身を地に変じたティアマトと、自らが産み出した<意志>デミウルゴスによって砕かれ、粉々になった死骸を物質世界創造の材料にされたアザナエルに共通する、大地母神のモチーフである。故にシュタイナーがアザナエルをガイアと同一視したのも無理もないが、これはあきらかに誤りであることが、グノーシス主義をギリシア神話によって解釈した『完全なる知への書』なる祈祷書のまわりくどい一節「見よ!デミウルゴスによって砕かれしアザナエルの細切れの屍によってまずはじめに造られしカオスより別れしクロノスとガイアの堅苦しさを!」からもわかる。
特筆すべきは、物質的要素を悪とするグノーシス主義に一貫した姿勢によって諸悪の根元とされたアザナエルが、物質のみならず「言語」の根元でもあった点である。いうまでもなくユダヤ・キリスト教において「言葉」は神をも体現する霊的なものであったし、ヘレニズムにおいても、ロゴスは魂が永遠を観照するのに欠かせないとするピュタゴラス以来の伝統があった。これはシモン以後の、19世紀に「異端的」とされたグノーシス主義にも同様のことがいえる。現世を否定した彼らが真の知(グノーシス)に接し、魂を汚れた物質の牢獄(=肉体)から原父のもとへと上昇させるのに、ロゴスはもっとも重要な因子の一つとされていた。しかるにアザナエルの名の見える文献は、いずれもこのロゴスを物質と同様に霊を混乱させ、理性を欺く「悪」とみなしているのである。アザナエルという呼称自体「論理をつむぐ霊」「へ理屈をいう霊」を意味し、このことから、アザナエルは物質世界を構成するものというよりもむしろ、言語の根元という性格が第一義であったとさえ言える。
このことの異様さから、アザナエルを記した文献を教義とするグノーシス諸派は、地中海世界ではなく東洋世界から伝播した仏教を起源とするのではないかと考える史学者も幾人かが数えられる。そのうちの一人である人類学者ルイ・ジャンブルエは、日本の古いことわざに「禍福はアザナエルの縄のごとし」というのがあることを論拠に掲げているが、あまり相手にされていない。「アザナエルの縄」というのが何なのかも、勿論わかっていない。


File8:高慢なる地獄の王「ルシファー」

言わずと知れた堕天使の長である。通俗的なグリモアではルシファーは、七つの大罪の一つである「傲慢」の支配者であるとされるが、これは16世紀ドイツのイエズス会士ペーター・ビンスフェルトが個人的な見解にもとづいて作製したと思しき、人に七つの大罪を犯させる七人のデーモンのリストが利用され続けた結果である。とはいえ、ルシファーがしばしば「謀反の天使」サタンと同一視される事実を考えれば、不可避的な結合であったともいえよう。
「傲慢」の支配者としてルシファーが図像に描かれる際、ルシファーは「醜悪で奇怪な魔王」として表現される。その典型的な姿はフィレンツェの魔術師クレオン卿の手による木版画に見られるような、奇怪な僧服に身を包んだ異相の悪魔である。ルシファーの図像には16世紀末まで十二枚の翼が描かれていたものの、ヘニングス・グロウシスの『霊の現象と出現の魔術』以降、翼は十二葉の鷹の羽でつくられた扇として表され、後にはルシファーが持つ扇の羽の枚数は十一葉あるいは九葉の場合も頻繁に見られる。

これは異説ではあるが、魔術師であり中世を代表するデーモン学者の一人であると同時に、詩人としても名をはせたクレオン卿の手による大著『隠された果実』によれば、ルシファーは悪魔に身を変じる以前は「被造物のうちでもっとも美し」く「まばゆいばかりに光り輝き神の稜威を示す」アダム以前の人間で、僧侶であったらしい。しかし、高慢さから邪心を生じ、愛欲の情を抱き、あるいは財・権力を欲し、道を誤ったがために、死後に魔道におちたという。この魔道を「ルシファー道」と呼ぶ。そして、アダム以後の人間の僧侶も慢心によってルシファー道に堕ちると、滑稽なほど高い鼻を持った赤ら顔というルシファーのような姿に変貌するのである。
クレオン卿の弟子ガーニンの主張によると「それでも生前、善行をした僧侶は"善ルシファー"となり、ミカエルによって霊山の守護神に任ぜられる」が、驕り高ぶり悪心に満ちた僧侶は"悪ルシファー"となって僧侶の修行をさまたげ、自らと同じく「ルシファー道に堕するべく」画策するらしい。

クレオン卿的なルシファー像を質的にいちじるしく貶め、量的に肥大化させるのに一役をかった18世紀初めの魔道書『ルシファー経』には、東の海に浮かぶ群島の山々には十二万五千五百のルシファーが棲むと記されており、ルシファーの種類について詳細な分類がなされているが、そのうちのいくつかをここに紹介する。

○ 鞍馬ルシファー
○ 大ルシファー
○ 烏ルシファー
○ 木の葉ルシファー
○ 狗賓(ぐひん)
○ 飯綱ルシファー

同書にはルシファーの持つ能力や、ルシファーが起こす自然現象についても多く記述がある。

○ 幻術……姿を消す。幻影を作り出す。変化する。おまんじゅうだといって馬糞を食べさせる。
○ 移動能力……一日に何百キロと移動する。瞬間移動。空中浮遊。
○ 武器の製造……手裏剣、鉄砲を作り伝えたという、各地方の忍者の伝承。
○ ルシファーの隠れ蓑……ルシファーが持つといわれる一種のコート。着用すると姿が見えなくなり、燃えて灰になってもその効力は発揮される。
○ ルシファーわらい……深山で急に聞こえる大きな笑い声。
○ ルシファーつぶて……どこからともなく飛んでくる飛礫。
○ ルシファー倒し……山中で聞こえる、大木を切り倒す不思議な音。
○ ルシファーのすもう場……夏山のしげみの間にぽっかりと空いた、十数坪の苔地や砂地。人がここに訪れると、ルシファーがすもうを挑んでくる。

また、同時代の魔道書にはルシファーの高い鼻について、虚偽の罪を犯すたびに長く伸びるのだとするものもあるが、この説はあきらかに「ピノッキオ」との混同が見られるので注意深い学者の信頼は得ていない。

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