第7話 (1)
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*注意!!この先ギャグなし
ユートピア
〜最後の真・女神転生〜
最終回:グレイマー・グレイマー(前編)
1.
「君だったか、ニュートラル・ヒーローの男っ。」
v青年の不意の一撃に、無様に転げてサイファー氏がわらった。顔が朱を塗ったように赤いのは恥ずかしくて照れているからではなく、だらだらと血を流しているのだ。
「泣く子はいねぇがぁ、悪い子はいねぇがぁぁぁ」
青年。
喜悦に満ちた表情を浮かべ、四つん這いのまま毒虫のような動きでかさかさと近づくと、剣を天にかざした。
どん。
次の瞬間にはなんのためらいもなく振り下ろしていた。
サイファー氏は転げて皮一枚の差で躱した。直前まで首の、それも頚動脈があった場所に、正確に、切っ先が深く突き立っている。
間を置かず青年は剣を捨てて腰の小刀を抜き、這った。
みるまに体勢の整わないサイファー氏との間合いが詰まった。そして、
刺す。
連続で刺す。
立て続けに刺す。
さらに刺す。
すべての一撃が正確に肝臓を狙っている。
サイファー氏はごろごろと転げて小刀から逃げた。
お世辞にも清潔とは言えない安手の居酒屋の床を転げ、品の良い瀟洒なスーツが見る間に、埃とこぼれたアルコール度が高いだけのカストリのような酒と据えた臭いを放つ反吐と得体の知れない茶色の汁にまみれて行く。
サイファー氏の背中がどんと壁にさえぎられた。もう後ろはない。
「わは、わははは。案外あっけなかったなっ、覚悟せえやっ。」
ぎらり、と切っ先が振りかざされる。
しかしこの時、サイファー氏は驚くべき事に、「ははっ」笑ったのである。
「ふふ………………君、気がついていないのか。」
「?」
「後ろを振り返ってみないか?天から君を迎えに来た天使がいるぞ。ほら、そこに。」
「ええっ、何だって!?どこ、どこ………………とでもいうと思ったかっ。そんな古臭いパターンにだまされるオレではないわっ。」
サイファー氏の指先が差す方を振り返ろうともせず、氏に小刀を突きだした。
しかし氏の言葉どおり、確かに青年の背後に天使はいたのである。
つまり、私だ。
「ったぁーっ。」
「!?」
手近にあった椅子を掴み、奇声を上げて青年の側頭部に思い切り叩き付けた。
重い手応えとともに椅子はバラバラに砕け散り、青年の頭が痙攣しながら大きく仰け反る。
一瞬、木偶の坊のようになった青年をすかさず殴り倒し、サイファー氏が跳び上がってその場から距離をとって体勢を整えた。
「大丈夫ですかっ!?」
「ああ。ありがとう、助かりましたよ。ハニエルさん。」
「彼は一体……」
状況が状況だったのでとっさに殴り倒したか、一体こいつは何者なのだ。なにもなかったはずの空中からいきなり現れて襲い掛かってくるなど、どこにでもいるただの酔漢や無頼漢のすることではあるまい。
ニュートラルヒーロー。
サイファー氏は確か、そう口走ったはずだ。
以前、どこかで見たことがあるような気もするが、思い出せない。
「彼はあなたと同じですよ。」
「え。」
「それよりもハニエルさん、大事な話があります。結界が破られました。」
「結界?なにの?」
「ロッポンギの。」
この街に結界があるなど聞いたこともない。結界?この街の、何を守るというのだ。
私には氏が何を言っているのかまったく理解できなかったのだが、私の疑問に答えず、氏は言葉を続けた。
「ゆえに、じきにこの街の “コトワリ”は崩壊します。」
「?」
「……見ればわかる。」
氏の腕がふわりと私の首筋に触れ、撫でた。ぞわりと首の産毛が逆立つ。
言われるまま振り返り、そして私は、
*
なんだ、ここは。
*
私はこんなところにいたのではない。
私は、下品で狭苦しくて薄汚くいかがわしく喧騒に満ち、客と言えばなんのためらいもなく猥雑な言葉を連呼する頭の悪そうな若者たちや、下品で馬鹿でかい笑い声を響かせる中年男、得体の知れない黒尽くめ、やくざ、ごろつき、あるいは媚びた目付きで一夜限りの夫を探す娼婦ばかりの、しかしそうであるがゆえに「ここには人がいるのだ」という活気にだけはむさくるしいほど恵まれた場末の居酒屋にいたはずではないか。
それがなんだ、ここは。
よろよろと足がよろける。
身体を支えようととっさに机に手をつくと、皮膚に伝わってくる感触が妙に湿っているおまけに異様なほど柔らかくこれではまるで腐った木材の上に手を置いたようなものだと感じた次の瞬間には机はめきめき音をたてて崩れ落ち、バランスを崩した私は床に転げた。
転げた床から、もうもうと埃が舞いあがる。
視界に写った天井は、何年も掃除をしていないように黒く煤けていた。隅には手のひらほどもある蜘蛛が巣を張っている。
ひび割れ。
ところどころ漆喰の剥がれた壁。
一昔前のアイドルの色褪せたポスター。
埃の膜にうずもれたカウンター。片足のもげた椅子や表紙の破れた週刊誌、散乱する紙屑、用途不明の金属片、割れたガラス。
*
何故か古びたソフトビニル製のキューピー人形。
*
雑然と散らばり、床板の間からは雑草が伸び放題に伸びている。なによりも足元に無数に散らばるこの、猿か何かの骨は何か。
これではまるで廃虚ではないか。
「な、こ、……サイファーさん!?」
「結界……もうまもなく、神の宇宙とこちら側とを隔てていた“壁”が完全に崩れれば、この街のすべては、速やかに『秩序』と『真理』にもとづいた本来あるべき、正しい姿に是正されるでしょう。あの子もね。」
「えっ……と、それは……」
「救う時間など、もうない。」
わからない。
まったくわからない。氏の言っている事が理解できない。
わからないのだがなんとなく、とてつもなく嫌な事を告げられている気がするので、もしかするとわかってしまうのが恐ろしくてわからないフリをしているだけなのかもしれないが、とにかくわからないものはわからない。
わからないのでこの先の言葉をもう聞きたくなかった。
「けけ、そうかー。やっぱりここもあんたの仕事だったかにゃあ。」
げらげらと人を小馬鹿にしたような笑い声とともに、かすれた声が響いた。
「まぁ、別に俺には関係ないがにゃ。経験値さえもらえればにゃ。あー、痛。」
頭をさすりながらのっそりと立ち上がり、ほとんどアフロに近い天然パーマをもさもさと揺らして青年は言う。
床に突き立った自分の剣を、ふんっと鼻を鳴らして引き抜く。切っ先を我々に突き付けた。
「そんなわけでルイ・サイファーにゃん。俺に俺が何を本当に望んでいるのかをを教えてくれたあなたにはとても感謝しているが、でも俺の希望のために死になさい君。」
「なるほど。君もあいかわらずのようだな……ここはもういい。さあ、行け。」
「だ、駄目ですかぁっ!?」
具体的に何が駄目なのかはわからない。だが言わずにはいられなかった。
「もう駄目だ。」
氏の返答はにべもない。
「だがそれでも行きなさい。」
どくどくと心臓が早鐘を打ちはじめている。何が起きるのか、いや、何が起きてしまったのか。氏の言っていることの意味は分からないが、幸福で安らかで平穏なはずの未来への嫌悪感が私の中に生まれて急速に膨張しているのはなぜだろう。
気がついた時には、体が勝手に走り出していた。
あの男が再び氏に襲い掛った気配がしたが、無視した。ドアを蹴破るようにして開けて外へ飛び出し、夢中で駆ける。
「神よ。」
走っている間、私はずっと神に祈っていた。全知全能の神に、である。
「救い給え、神よ。」
かつて私は神の徒であった。
幾千人の信者を前に何度、「神」を説いた事か。
私は、私の考え得る限りの最高の信仰を彼に奉げていたはずだった。
「神よ。」
間違いだった。
今私は、その頃に幾千万回と私が口にしたどの祈りよりも、はるかに強く、敬虔に、心の底から祈っているではないか。
「神よ。」お願いだから。
聳え立つ堅牢なコンクリート・ビルの前を過ぎ、若者の集う殷賑のショッピングセンターを抜け、うらぶれた路地に身を滑り込ませ、「境界という人間世界において最も本質的な抽象概念の具象化」を名乗る同じ顔をした二人の男の脇を通り抜け、胸毛の神を名乗る白髪の老婆を押しのけて、金属パイプが蔦のように這う壁面沿いの道を駆け、転がったどぶねずみの死骸を踏みにじり、猥雑な落書きが満ち溢れる十字路を左へ曲がる。
そこで私は立ち止まった。はあはあと肩で息をしながら、行き止まりにそびえ立つ建築物を見上げた。
聖堂がそこにあった。
したたる汗を拭うこともせず、扉にむしゃぶりついた。
全身をつつむ汗は、なぜか氷のように冷たい。
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