第6話 (1)
ああ、我に 海に網ひく漁師力学たる我に さみだれ髪の神は問う
練り物は魚類のすり身であるか
練り物は魚類のすり身であるか 偽りのかたちであるか
真実を偽り、欺くことは罪であるか
炎々もえたつ神楽にて 延々うたう影は
黒く、蒼く、
赤く、高く、
かなりがなり、かしずき、
かしこみ、かしまし
あーーあアーーーーあアアァ、ヨホッ!
「DNAにお魚加えたどら猫は罪
追跡愉快な三十女 裸足から欠けてゆく(いずれ消滅)
みんなが藁人形を打っている
お日様も藁人形を打っている
るる る。
るる とぅー。
今日もいい電気椅子」
アリス 蟻の巣 足りす
ルーペ 片手に わめく
曰く「もっと蟻焼きしたいのに!」
そりゃ残念でアリんス、おめでとう
ところで、わたしのあだなはモハメド・アリっす
それはそれとして、神(ていうか、俺)を馬鹿にするような奴等は、
みんな死んじゃうんだからなー
(狭間偉出夫『壷の中はとっても暗イン』より「目に見えん伝染病」)
真・暴れん坊女神転生・堕天使篇
〜屁の鳥・黎明編〜 手塚治虫
契約その3:アリスの国の不思議(後編)
1:10
いらつくなあ。おやじ、ラーメンまだなのかよ……間違った、まだなのですか。
1:00
アリスは。
私が見知らぬ街で出会った聖堂のアリスはころころとよく笑う、人形のように愛らしい少女であったが、反面、ひどい体臭の持ち主だった。きっとワキガに違いない。
これがひどく臭う。尋常ではなかった。
半年間にわたって常温放置した牛乳に、水戸納豆とネリカラシ1リットルとところどころ半液状になった腐った牛肉を加え、圧力鍋で丸一日ことこと煮込むと、あんなにおいが漂ってくるのだろうか。
「アルベルトおじさん、大好き!」
小鳥がさえずるような声で私の偽名を呼んで、その細い腕が首に巻きついてきた時など、不本意ながら私は猛烈な吐き気を覚え、胃からせり上がってくるものを必死でこらえなければならなかった。
それは別にしても、この絵本の中から抜け出してきたような少女は(体臭を抜きにすればだが)、しばしば奇矯を演ずるところがあった。
例えばアリスは豚足が大好物なのである。
ここで、「なるほどそうかそりゃおかしいよな、うん」と納得した者がいるならば、彼は豚足に対してひどい偏見を持っており、豚足を食べる者はことごとく狩り出し、収容所送りにして皆殺しにしてしまった方が世の中のためだと考えているような、残酷で冷淡な差別主義者であろう。別におかしいことではない。アリスは豚足が好物なのだ。いいではないか。
ただ豚足が好きなだけならば、それでいいのである。問題はそれが、強迫観念なのだというところにあった。
アリスはなぜか、「自分は豚足が大好物でなければいけない」と考えており、本当は食べられもしない豚足を自分の一番の好物だと、ことあるごとに吹聴して回っていた。時には、ストリートを散歩しながら脂ぎった豚足にかじりつくパフォーマンスまでしてみせた。道行く者のだれ一人としてそんなアリスに関心を払っていないのは明らかなのに、必死でそうするアリスはまるで、私は前世でアトランティスの光の戦士だったのだと悲しい自己欺瞞を繰り返す狂信者のように見えた。
「わたし豚足ってだーいすき。豚足、萌え!」
豚足を両手一杯に抱えて、公園の噴水の前でくるくると踊るアリスは、聖堂に戻ると決まって激しく嘔吐した。
おでんごっこは月に一度、いつも満月の夜に行われた。
用いられる出汁は、かつおと昆布、それに鶏がら。
存分に旨み成分を吐き出した頃合いを見計らい、しぼりかすとなったかつおや昆布が沸騰した鍋の中から上げられると、煮出汁の中にコンニャク・大根・ニンジン・里芋・ころ・じゃがいも・卵・牛スジ・厚揚げなどがつぎつぎと入れられる。はんぺんとちくわも同じタイミングで鍋の中に入れられた。いささか常軌を逸した大きさの、生きたはんぺんとちくわが、満月の白い光に照らされて煮出汁のみなもを浮きつ沈みつする光景は、泡立つ波間に漂う二匹の水母のようで、幻想的だった。
おでん種をいっぱいに詰め込むと、アリスはそこにみりん、薄口醤油を合わせる。そしてさらに、地中海の豊かな海で取れた雑種多様な海産物を、豊富な栄養分を壊さないよう特殊な方法で乾燥させ、すり潰した特性のパウダーを加えて、弱火で長時間煮込むのだ。
その夜、聖堂は不思議なかおりに満たされる。
そこからすべての命が生まれたという源初の海水、いわゆる生命のスープを口に含んでいるような、そんなかおりだ。
もちろんイメージでしかない。
アリスのおでんのかおりを鼻腔に感じた時、胸は始源のイメージで満たされる。
はんぺんとちくわに扮した二人の紳士は、始源の海の中でばちゃばちゃともがき、皿の上に上げられると決まって蝶ネクタイを震わせて新生児のように泣いた。
満月の下で行われるおでんごっこに対置するように、新月の夜には我々は刻そばごっこをした。
「いくらだい?」
「へい、十六文いただきます。」
「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、オヤジ、今なんどきだい?」
「へえ、九つで。」
「とお、十一、十二、十三、十四、十五、十六。はい、ごちそうさん。」
月のない暗い夜天に、ちかちかと輝く星々の下で、再現されるそれは、一つの神話だった。
「先に知る者」を意味する名を持つ、あの智恵多きティターンのごときトリックスターが、天の主神ゼウスたるソバ屋から、“火”を、一文をかすめとる、いわゆる文化英雄の神話。
しかしわたしは刻そばごっこがあまり好きでなかった。いつも鼻に、かすかな詐欺のにおいを感じるから。
それでも私はそんなアリスの行動に、言動に、すべてに惹かれていた。
だからこそ私はずるずるとこの見知らぬ街に留まり、重力の井戸に引きずり込まれたながれ星のように、アリスや二人の紳士と寝食をともにする生活から抜け出せないでいるのだ。有り体に言えば、好きだったのだろう。
その日、街中に雪こそちらつくことはなかったものの、大気の凍るような寒さに見舞われていた。
私は聖堂から歩いて五分ほどの雑貨店から戻ってきた所だった。たった五分出歩いただけだというのに、手足の先がかじかんで感覚が失せていた。歯の根をかちかちと鳴る。
こんな日にセーターなり何なり、寒さの防げるものがあればよいのだが。赤い紳士に借りた少し小さい上着の襟をかき寄せて、震えながら聖堂の小用口のノブに手を掛けた、その時だ。
聖堂の中からアリスの悲鳴が聞こえてきた。
「何かあったのか?」
私が扉を勢いよく開くと、ぱん、という乾いた音とともに、赤い紳士と黒い紳士の平手がアリスの頬を打つのが、目に飛び込んできた。
どさりと床に倒れたアリス。
急いでかけより、私はその小さな身体を助け起こした。
「下がり給え、君たち!」
私は怒鳴った。
「自分が何をしたのか、わかっているのか!」
喉から炎のような怒声が迸る。
赤い紳士と黒い紳士が私をぎょっとした目で見ていた。
「ア、アルベルトくん、帰ってきたのかね。」
「いったいどういうことなのか、話してもらえるのでしょうね!」
語気を荒げていた。
私は私自身の反応に、心底驚いていた。
その時、あきらかに私は怒っていたのだ。それまで経験したことがないくらい、激しい怒りだった。アリスのような、奇態な少女のためにだ。
その当の本人であるアリスが私の腕から顔を上げた。
やっぱりすごく臭い。
鼻が曲がる。
「アルベルトおじさん、いいの!いいから、あっちにいってて!」
「いい?なにがいいという?彼らは君をぶったのだろう!」
「でも、いいんだから!アルベルトおじさんはあっちにいってて!」
そういうとアリスは私の腕を押しのけて立ち上がると、私の肩をぐいぐいと押し、出口の方へ押し出そうとする。
あまりにつれない態度に、私は呆けてしまった。私は彼女を助けたというのに。
「なにが起こっているのですか?」
立ち上がると、腰を押して力ずくで私を追い出そうとするアリスをそのままに、まだいささか怒りながら二人に尋ねた。
「なにが起こっている?我々が、アリスを、叩いていたのだよ?答えは一つしかないではないか。」
「というと?」
「何の理由もなく、我々がアリスを叩くはずがないだろう。つまり、これはしつけだ。」
「あまりにわがままをいうのでな。」
「しつけ、ですか?」
私は露骨に不信感をあらわした。
私は二人の紳士にとってアリスは、溺愛し、甘やかすだけの愛玩動物にすぎないのではないかと、常々二人のアリスとの接し方を疑問に思っていた。それが、しつけだというのである。しかし私には彼らが、アリスがそう望むのなら人の魂さえ奪ってみせる、そういう者たちに思えてならないのだ。
それに私は、街で以前、そういう噂を聞いたことがあった。
そういう、とは、つまり、アリスが時折、人の死を二人の紳士に叶えてもらっている、という噂だった。
「そう、しつけだよ。」
「わがままといいましたね。」
そういうと、まだ私を追い出そうと頑張っているアリスの頭に、そっと手を乗せた。
「アリス、いったい何が欲しいんだい?話してごらん?」
すると急にアリスは俯いて「あの……」と口を濁らせるのだ。
「ん?なんだい?」
「……」
「言えないのかい?」
「……」
アリスは口を閉じたままだった。
「言えないものなのかい?」
「……」
「私には、言えないものなのか?この二人には言えるのに。」
「そうだ。君に言える性格のものではない。」
「……私は、アリスに尋ねているのですよ?」
赤い紳士をねめつける。
「アリスには言えない。故に我々が答えているのだ。それがわからん人ではないだろう?」
黒い紳士が額を指で叩いて言った。なぜ私にだけ言えないのか。嫌な予感に全身の毛が逆立ってゆく。
毛穴という毛穴から嫌な汗が噴き出てくる。
「君は……まさか……」
カチカチと震えそうになる奥歯を噛み締めて、アリスを凝視する。
恐らくは、真実に目を背け、気付かないふりをしてこれまで通りの生活を続けた方が、幸福なのだろう。
そう感づいていても、それでも私は、言わずにはいられなかった。
「人間の……」死を、魂を
「あの、」
アリスの答えを待たずに声を上げ、てひどい暴力を振るっていた。
手ひどいといっても、手のひらをパシンと叩いただけだが、それでもアリスを泣かせるには充分だった。
砕け散ったガラスの兎ような泣き声を上げて、アリスはその場から駆けていった。
「アリス!」
私の制止を聞かず、肌が透けるほど薄手のエプロンドレスの裾をひるがえして、寒風の吹きすさぶ街へと出ていった。
その背中を追おうとする私だったが、乱暴に肩を鷲づかみにした二つの腕がそれを引き戻した。
「君は、なにをしているのだ?」
「まさか、なにもわかっていないというのか?」
「何を!」
激情が爆発した。
「あなた方が何をしているか、私が知らないとでも思っているのか!死を!人を!なんだと思っている!なによりもアリスをなんだと思っているのか!あなた方の身勝手な愛情のせいで、あの子は『歪んでしまった』!」
二人の紳士が顔を見合わせた。
「何を言っている?」
「まだそんな白々しいことを!あなた方はアリスの望むままに、『人の死を叶えているのだろう』!」
するとまたしても二人の紳士は顔を見合わせ、こともあろうに大笑したのだ。
それは明らかに自嘲だった。
「かつてそうしたこともあったな!」
「しかし、それはあやまちだった!」
「あやまちだったそれは君の言う通り、あの子の魂を歪め、孤独に追い込むだけだった!」
「かつてこの街に訪れた人間の若者たちにな、教えられたのだよ。手酷い暴力を用いられてな。」
二人の紳士の話では、かつてこのロッポンギ――――私はこの時、初めてこの街が
「ロッポンギ」と呼ばれているのを知った――――に二人の若者が訪れたという。アリスはその二人にいたくなついて、彼らと「お友達」になりたかった。そこでアリスは彼らにお願いしたのだ。
「あのね……しんでくれる?」
自分よりも年長者の彼らは自分よりも早く死ぬだろう。それを見たくないから、今ここで死ね、というのだ。そうすれば、二人の紳士の魔力によって彼らは永遠の生を得、アリスは二度と彼らの死に出会うことはない。
実に身勝手な願いだと思った。二人の紳士はその身勝手な願いを、身勝手な愛情で叶えていたのだ。愚かな行為である。
「しかし、かつてそうしていたことを、我らは悔いているのだ。」
「悔いていると?」
「そうだ。身勝手な願いの報いに、アリスは呪いをかけられたのだから。」
文字どおり呪いだった。
アリスに死を願われた若者の一人は言った。
「いいよ。その代わり、俺からもお願いがある。アリス、君にこの豚足を食べてみせて欲しいんだ。」
あとで分かったことだが、その若者が渡した豚足には、半年間にわたって常温放置した牛乳に、水戸納豆とネリカラシ1リットルとところどころ半液状になった腐った牛肉を加え、圧力鍋で丸一日ことこと煮込んだ、特殊なエキスが隠し味に使われていたという。
勿論、アリスはそれを食べられなかった。
すると若者はアリスにこういったのだ。
「残念だなー。それが食べられないんじゃなぁ。友達にはなれないなー。あの、あれあるだろう、例のいわゆるテロ対策法案。あれが可決されて以来、この国では豚肉が食べられない人間は“テロリストの疑いあり”ってんで憲兵さんに掴まっちゃうし、豚肉が食べられない人を友達に持っていても、“テロリストの疑いあり”ってんで特高にタイホされて鞭打ち・石抱かせ・水車攻めなどの苛烈な拷問の末に死刑にされるんだ。だから、豚足も食べられない人間は、一生友達なんか作れないんだよ。」
「ええ!?ホ、ホントなの……?」
「フツオ、君という人は!どうして、こういういたいけな女の子に、そういう血も涙もカワイゲもない嘘を……」
「いいでしょーが。『友達ならば、死んでちょんまげ』なんて無茶苦茶なこと言い出すお子様には、いい薬だろうがよ。……あのね、アリス。俺たちだってホントはすごく友達になりたいんだけどね、法律だから。いつまでも豚足が食べられないと、永遠に君は独りぼっちなんだから、早く食べられるようになってくれよ。じゃ。」
むちゃくちゃなデタラメを並べ立てると、げらげらと笑いながらロッポンギを去っていったという。
「そうか……それで……アリスは豚足を……」
「アリスも今では、あの若者が言ったことが、自分を戒めるための嘘だったということは分かっているのだ。」
「それでもやめられない。だから呪いだという。」
それが本当ならば、たとえ自らの行いの報いだとしても、非道な話である。
「それで我らは、無分別な愛情は、不幸を招くのだと悟った。」
「だから我らは、それ以来しつけということも考えるようになった。まあ、確かにいささか甘いところがあるのは認めるがな。」
では……なぜ、アリスは私にだけ、願いをいわなかったのだ?
二人の紳士の形相が、かっ、と悪魔のように歪んだ。
「まだわからないのか、この馬鹿者が!」
「明日はどういう日か、知らんのか?それではアリスがあまりにも哀れではないか!」
そう言われて私は初めて、あっと叫んだ。
明日は……私の誕生日だ。
「アリスはな、君が寒そうにしているのを見て、君がいつも温かくいられるようになにか良いプレゼントはないかと、私たちに相談していたのだ。」
「その中で、あまりに高価なものをアリスがねだったので、我らは彼女を叱ったのだぞ。」
がらがらと私の中にあった偶像が崩れてゆく。
不甲斐ない自らに対する怒りと喪失感が交じり合った涙が、溢れ出した。
涙を流す中で、私は初めて気がついた。
この街で暮らすうちに、かつて私を支配していた私の中の“神”の像がいつのまにか消え去り、いつからかそこに、よく笑うだけのただの小さな少女が立っていたことに。
だがそれも崩れる。
私はまたしても、失った。
しかも今度は、彼に見捨てられたあの時とは違う。私自身が打ち壊した。
「私は……とんでもないことをしてしまった……」
その晩、アリスが帰ってくることはなかった。
0:35
「はあ、はぁぁ!」
狂暴な掛け声が上がるたびに、
腕がもげる。
腹が弾ける。
そして大地へとぼとぼと、肉と骨と血の驟雨が降り注ぐのである。
後から後から湧いて出る蝗の大群のような敵のただなかで、槍を振るうミカエルは、嵐となって荒れ狂った。悪鬼であった。修羅であった。
しかし、ミカエルもまた満身創痍であった。右肩の肉は削げ、腹からはとめどなく血が流れ出している。
それでも槍を振るい、血の雨を降らせる。もう幾千回になろうか、槍をしごいたその時、それまで皮一枚で繋がっていた親指がもげた。
ずるりと柄が滑って、手から槍が離れて行く。
急なことに、一瞬、ミカエルは忘我した。
それはコンマ二桁以下の、本当に一瞬の出来事であった。が、奴等が肉薄するには充分な時間だった。
――――痛覚。
燃えるような痛覚。
首筋、手首、脇の下、太股。
いたるところからシューシューと音を立てて血が噴き出し、悪魔たちの身体を紅く濡らして、げらげらと天に満ちる万の哄笑に華を添えた。
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