第5話 (1)
アリスは思わず大きな声で叫びました。
「“密林の王者”なんて、馬鹿げてるわ!本当に馬鹿げてるわ!オウムやゴリラから、どんな税金がとれるっていうのよ?」
「しかしね、お嬢さん。」
しゃっくりアリゲーターがしっぽをばたつかせながら言いました。
「税金がとれなくても王者には、自分が『王者である』というだけで満足できる特権があるじゃないか。」
「そうさ、キレイなブロンドのお嬢さん。」
フライドチキンの箱を抱えてケンタッキーのおじさんに扮した係長も言いました。
「神さまだって“神さま”と呼ばれたいんでなきゃ、あんなに暑っ苦しいヒゲをはやしたりするはずないさ。大抵の創世神話にはメリケンサックは出て来ないってこと。当り前じゃないか。え?お嬢さん。」
係長はまったく似合っていないサンバイザーのつばを、いかにも「見てくれよ」というような仕草で押し上げました。係長はサンバイザーをお洒落だと思っているのでした。
「ブーブーブー!」
観客席からブーイングが起こりましたが、係長が肩から下げたAK47の銃口を向けると静かになりました。
その間、しゃっくりアリゲーターは自分のプライベートな写真を取り出して、しきりに三歳になる息子を誉めてもらいたがっていましたが、アリスは鼻で笑って無視しました。
アリスはもう、うんざりしてしまっていたのです。
「私、スフィンクスは好きだけど、古代エジプトに奴隷制度があったって学説には我慢できないの。そんなことより、私にも紅茶を下さらない?」
そういってアリスは丁寧におじきしました。
その途端に木陰から、鍵十字の腕章をつけたたくさんの秘密警察があらわれました。秘密警察によってみんなはシャワー室へと連行されてバタバタと虫けらのように死んでしまい、死ななかった者たちも、魔法で大きなスイカに変身させられてしまいました。
突然のことに困ってしまったアリスは、三つのスイカにそれぞれ「将軍」「モナカ」「虫刺され」の肩書きを与えると、いそいそとバカ歩きでその場をあとにしたのでした。
ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』より抜粋
伊東家の真・女神転生・堕天使篇
〜走れメロン、といわれても足もないのにどうしろと?〜 太宰治
契約その2:アリスの国の不思議(前編)
追う。
どこまでも追うのだ。
あいつを捕らえるまで、あいつの背中に手が届くまで。
追いかけねばならない。いつまでだって。
爪がはがれても、足の指がもげても、僕は、あいつを、追いかけなければならないんだ。
追いかけねばならい。
だが、時には立ち止まることも必要だということは、僕も十分承知している。例えば今現在のように、腹の虫が鳴き、なおかつ夜なきソバを発見している場合など、特にそうだ。ここで僕が立ち止まってのれんをくぐるのは、王座にはべり清浄なる天使たちの永遠の祝福を受ける父なる神、慈悲深き聖母マリアの御心にかなった正義の振舞いにして、僕の疑念なき信仰心の体現といえるだろう。
お〜いオヤジ、マタイによるチャーシューメン一人前……なに、まだ準備中ですか。残念ですが、それなら仕方ありませんね。仕方ありませんが、ところでオヤジ、こういうお話をご存知ですか?
聖者が道に倒れていました。聖者は飢えで死にそうでした。そこへ金持ちの商人がとおりかかりました。聖者は「ひとかけらのパンでもいい、恵んでやってくださらんか」と商人に頼みましたが、商人は聖者を無視して通りすぎました。次に騎士がとおりかかりました。聖者が同じように食べ物を乞うと、騎士は「そんなにパンが欲しければ、神さまにたのんで石をパンに変えてもらえば良い」と聖者を嘲笑って、行ってしまいました。最後に牛を連れた農夫が通りかかりました。農夫はその日食べるものにも困るほど貧乏でした。今度もまた聖者は同じようにパンを恵んでくれと言いました。すると農夫はなんのためらいもなく、自分の全財産である牛を売り払って、そのお金で聖者にチャーシューメンをごちそうしたのでした。これを天から見ていた神は農夫の行いに感心し、農夫に食べても食べてもチャーシューメンが湧いてでる奇蹟のラーメン丼を与えましたが、聖者の頼みを無視した商人と騎士は、あとで聖者に力いっぱいワンダフルメキシカンコンボをお見舞いされたということです。
……話はこれでおしまいです。準備中なら仕方ないので僕はこれで去りますが、ところで、オヤジは打たれ強いほうでしょうか。
なに、気が変わったのですか。食べていってくれ、お代など滅相もない、というのですね。大変心苦しいのですが、これもオヤジの信心のなせる業、人の信仰心をむげにするわけはいきません、お言葉に甘えましょう。信仰篤いオヤジは当然、チャーシューを多めに入れてくれるのでしょうが、ご安心下さい、清貧に反するからと言って僕はそれを断ったりはしませんよ。
………………二分待ってくれ、というのですか。ちっ、無能が。いえ、僕はなにもいっておりませんよ。何か聞こえたなら、それはきっと、徳に溢れるあなたへ下された父なる神のお声でしょう。
では、今からきっかり二分。もし一秒でも遅れたなら、もしかすると何かひどく悪いことが起るような予感がするのですが、オヤジに限って、遅れるなんてそんなことがあるはずないですね。取り越し苦労です、笑って下さい。
COUNT DOWN START! 2:00
既になにも残っていない。
「本当にそうおもっていらっしゃる。なら、なぜあなたは未だに、折れ砕けた十字架を背に負っているのです?」
私の手にはもうなんの力も残ってはいない。
「バカなことを。翼は傷ついても、まだ研ぎ澄まされた爪、嘴、千里を見通す眼までもが残っている。」
存在する意味を剥奪された。失った。無力だから。私はゴミだ。
「それが真実かどうかは、あなたの決めることではない。知っているでしょう、かつて光と熱を信じて疑わなかったあなたなら。光に狂っていたあなたなら。時として男には、女に付いていないものが、付いている。」
やめてくれ……
「すなわち。ちん……」
やめろ!その言葉を聞かせるな、汚らわしい……
「見ろ。見るのだ、ハニエル。もちろん、わたしのち○こを、ではない。鉄鎖に繋がれた真に愚かしいものたちの痴態を。そして愚かしいものたちを鎖で縛る、人でも悪魔でもなくなった彼女を目にした時、狂いから醒めてしまった貴様は、再び狂いに見舞われるだろう……
……痴態にただ狂え、そして……」
というルイ・サイファーの言葉を耳にしたのは、いつのことだったか。
随分むかしのような気もするし、ついさっきの出来事のような気もする。とにかく、それが私の最後の記憶だった。そこで記憶の糸はぶっつりと断たれ、気が付くと私は溢れかえる人の海を漂流していた。
月光が、私を透過してゆく。
白い光が行き交う無数の顔を照らし出す。
こんなに大きくて深淵な満月の下で、我々は、ざわざわと虫ケラのように蠢いている。
ここに人はたくさん存在するのに……誰も私がここにいるのに気付くものはいない。
当然だ。それは私が神の恩寵を失ったからではない。群衆に埋没した人は、誰もすれ違う各々の個の顔などいちいち見はしない。
当たり前ではないか。
それに、この人々はパーティへいくのだから。
楽しいひとときを目前にしてはやる気持ちを抱えながら、どうして道すがらの雑事に気をとめる酔狂をしようか?
視界に映るこの人、人、人……その道程の果てには、あまねくパーティが待っている。パーティ、気さくな友人や愛すべき人々の集うそれは、とても楽しいだろう。
私にはわかる。
みなパーティへゆくのだ、例外なく。だって、道行くもの全て、一人残らず、鼻めがねを掛けているのだから。
鼻めがねを掛けてホロコースト。狂気の沙汰だ。鼻めがねで人体実験、そんなものを認められる筈がない。鼻めがねを掛けての同性愛など、恥辱以外のなにものでもない。
これは絶対のテーゼだ。
人は、鼻めがねを掛けて、パーティ以外のどこへも行けるはずがない。
私は、死ぬべきなのだ。それが義務だ。
そうでなくとも、この思いに終生悩まされるのなら、今死んでしまった方がましだというのに。しかし、それが出来ない。
矮小な痛みを恐れて、矮小な私は、矮小なこの心すら思うとおりに動かせない。これまで何をやってきた?自棄酒か、ばくちか、そうでなければ結局は愚にもつかない慈善事業にあけくれている。ネパールの山村に小学校を建てたところで、この広大な虚無が満たされるわけでもないのに。
見知らぬこの街でさ迷った末、野垂れ死に出来たら、嗚呼。
……いや。
かぶりを振った。まさか。
きっとそんな簡単なことも出来ずに、私はまた、水源から十キロ離れた井戸のない村に水道を引いてしまう。それが私の……神に捨てられた私の柔弱な本性。わかっている……
脆弱で軽薄な弱い魂を持つ私だから、嗚呼、私はこれほどまでに疑念なく、見知らぬこの街をいつまでも徘徊することが出来る。そして、それしか出来ないでいる。
遠くで鐘の音が聞こえる。
私は鼻めがねの人波に流されるままあてどなく、さ迷い続けた。
そして幾度か私は、酔っ払いや極楽鳥のような頭の若者の集団に、むなぐらを掴まれ、殴られた。
頬には痣ができ、口内に血が満ちて、無様に地面に這いつくばっても、彼らは鼠を弄ぶ猫のように執拗だった。
骨が軋み、臓腑が悲鳴を上げる。
獣のような奇声を上げた男に蹴り上げられ、私の頭はサッカーボールのように跳ねる。
痛かった。
激痛が体中を駆け巡る。
なのに、まったくあらがえない。
彼らのなすがままに殴られ、蹴られた挙げ句に、路地裏のゴミタメに投げ入れられても、胸中には怒りや、憤りといった感情がこれっぽっちも湧いてこない。
すべてが、もう、どうでもいい。
ただ、一つ。
(なぜこんな仕打ちを受けなければならないのだろう。私の……何が悪かった……?)
ぼんやりと漏らした言葉は、吐息とともに、臭気を放つゴミの中から満天の星空へ吸い込まれてゆく。
(何が罪だというのだ……)
ただ見知らぬ人の耳元で、執拗に愛を囁いただけなのに。
<……ン>
声を聞いたのは、丁度その時だった。
<……ン>
最初は空耳かと思った。しかし、その地の底から響くような声は、繰り返し聞こえてくるのだ。
<……ン>
声は路地の奥の方から聞こえてくる。
私は異臭を放つゴミの中から這い出し、月光の届かぬその暗がりへ目を向けた。
何度も何度も、同じ言葉が繰り返し発せられているのは分かる。だが、声が小さいのと反響のせいで何といっているのか、判然とせぬ。
目を閉じ、神経を集中して耳を澄ます。
再び奥から声が響いてきた。
<……ペン>
<ハン……ペン>
確かにそう聞こえた。
な……「“はんぺん”だと!?馬鹿な!!」
叫んでから、しまった、と思った。
しまった、と思ってから、実はここで私が驚く必然性は全然ないな、と気が付いた。
のだけれど、こんなに怪しい声の正体なのだからきっと驚かなければならないような内容なんだろうなぁとなんとなく思っていたので、「はんぺん」は全然驚くような内容ではないのに、ついつい条件反射ですごく驚いてしまった私は、やはり馬鹿かもしれない。
それで私は、しまった、と思ってしまったことに、しまった、と思った。
<ハンペン>
<ハンペン>
<チクワ>
<チクワ>
1:55
もぎとった。
無造作に、である。
「バ、バカな……」
「その通り。貴様は馬鹿者だ、アガレス。」
パシャ。
弾けた水風船のような音を立てて、アガレスの頭は潰れた。
胴体が床に崩れ落ちるのも見届けず、腹を貫通したままの剣をずるずると引き抜きながら、ミカエルは血に染まった手を壁にかざした。
「次だ。百や二百では、相手にならんぞ。」
途端、轟音。
塗装のはげた壁が崩壊する。
崩れ落ちるコンクリートの破片を弾きながら、百はくだらぬ剛刃が一点、ミカエルへ向けてほとばしる。
しかし、針山のように繰り出された刃は一つとして、肌に触れることはなかった。
Maha-RAGION
凄まじい灼熱の洗礼を受け、剣が飴細工のように溶解してゆく。
同時に、それと同数の堕天使アンドレイが、断末魔を上げる間もなく文字どおり消滅した。
ふっとミカエルの唇から息が漏れた。
天の軍勢を束ねる天使長の、威厳ある微笑である。嘲笑であった。しかしそれは、一指を触れることも出来ず灰になった梟の姿の剣士たちに向けられたものでは、ない。
ミカエルの瞳が動く。
左にサマエル、バルバトス。それぞれ三体。
右には三人のオセ、七人のフルーレティ、パイモン。
背後。巨大な顎を開けてアバドンの巨体が立ち塞がっている。
そして前方に、堕天した能天使のなれの果て、十五人のガープの姿があった。
マハ・ラギオンによって崩れた壁から踊り込んだオロバスの一群が、素早くタル・カジャを詠唱する。全身の筋肉が急激に膨れ、身体は一回りは巨大化した。ほぼ同時にフルーレティの唱えたマカジャマが、ミカエルの魔法を封じた。
完全に囲まれていた。水も漏らさぬ鉄壁の布陣である。
前方の悪魔・ガープは空間転移の能力を持つ悪魔だった。アンドレイに先陣を切らせ、ミカエルの意識がそちらへ行っている隙に、ガープの空間転移を以って強力な悪魔を送り込み、一気に押しつつむ。連中の思惑は、大方そんなところだろう。
つまり、紅蓮に身を焼き尽くされた百のアンドレイは、捨て駒だったということだ。
小賢しい、愚にもつかぬ浅知恵だ。笑わせてくれる。
じ。じじ。ミカエルを囲んだ円が、小さくなってゆく。
一歩、また一歩。
しかし、動じぬ。
右手をやおら上げると、その手をなんの躊躇もなく
どぶっ。
自ら腹の傷口に突き入れた。
切り口が大仰に開き、血流がボタボタと勢いを増して、足元の血だまりが広がって行く。
己の腹の中をまさぐりながら、顔色一つ変わらない。
「……来んのか。最初で最後のチャンスだろう?」
それが合図となった。
四方八方、円が一気に中心へと収束する。殺到した。
………………………………寸前、赤い閃光。
ごっ……
空ににぶく、孤月が描かれる。
次の瞬間、夥しい鮮血が舞い散り、吹き上がった血煙が天井を真っ赤に染め上げた。
一瞬遅れて、けたたましい悲鳴。
ごっ!
間を置かず、ふたたび光が、音を立てて薙いだ。
静寂。
悲鳴は止んだ。
後に立っていたのは、身体の五割以上を跡形もなく破砕された、無数の肉の塊。
原形を完全に失ったいびつな死体がバタバタと地に倒れ伏す。
「遊びのつもりか、ザコどもが。」
槍であった。
穂先から石突まで一色、真紅の剛直な直槍が、ミカエルの手の中に握られていた。
1:41
ぺぺっぺ!
「うわっ、汚い!」
「うわっ、汚い!」
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