第2話 (1)
かくに神の化身と呼ぶにふさわしい者たちが、ほかにいるだろうか。
彼らという存在は光そのものだった。
世界を穢れない清輝で満たすその御姿は、それ自体が彼らが神に祝福された存在であることを証明していた。四方をまばゆく照らし出す後光(エンジェル・ハイロゥ)は、人々を永劫の至福へと導くために授けられた穢れなき威光であった。
人を神の下へ導く使命を帯びた天よりの使者が彼らだった。それこそが彼らの存在意義であり、全てである。
故に。
千年王国を実現せんがために。
彼らは策謀する。暗躍する。駆逐する。
千年王国を実現せんがために。
神のために。
……前回はのっけからあんまりな展開で面食らった方も多かろう。
と、いうよりご立腹ですか?ゴメンナサイ。
しかし、体育会系の貧乏学生達が夜な夜な囲む闇鍋の、煮えたぎる緑色の汁のごとき渾沌に彩られたオープニングは、西洋の哲学・歴史・数学・音楽・神学・建築学・宗教学そして神秘学に至るまでのあらゆる知にもとづく深遠な伏線であり、全てはカタストロフへと集束する一大スペクタクルなのである。
……私が何を語らんとしていること、それは可能性である。人が秘めたる可能性。
即ち、「愛は地球を救うか?」
答えは、もうすぐ明らかとなろう。
渾沌の中……運命は静かに胎動を始める。
やっぱり嘘である。
真・女神転生イン川崎市民講会堂
珍技編
written by フレゐザー
福音その2:燃えよ大天使
♪ エンジンの音轟々と 隼は征く雲の果て
翼に輝く日の丸と 胸に抱きし荒鷲の
印はわれらが戦闘機
カテドラル八階。
神の支配の象徴である神自身がためのバベルの塔の中、もっとも天に近いそのフロアの窓のない一室で、彼らは円卓を囲んで会合していた。
流れ出る言葉、言葉、言葉。まるで交響曲である。
しかし、一度音楽として再構成された言葉は彼の中で再び情報に還元、さらに膨大な記憶と結びついてして、無限の意味を生み出してゆく。
数多放たれた言葉が意味へと結合してゆくたびに、彼は小さく瞼を伏せた。
やがて、沈黙が訪れた。
荘厳で勇壮な音楽の譜面を無意識に指の先で机上に描きながら、それまで黙って話に耳を傾けていた彼が、半ばまで描いた楽譜を掌で消し去った。
ゆっくりと口を開いた。三人のうちでもっとも武勇に優れた者である。
その名をミカエルという。
「ふむ……つまりすべては順調、微塵も滞りはない、そうだな?ラファエルよ。」
「そういうことだ。誰が神の計画を妨げることが出来よう。」
ラファエルと名指されたこの者は、三人のうちでもっとも慈悲ぶかく医術にたけた者である。
「ここのところはカオスの者どもも目だった動きを見せていない。異教徒狩りの成果がようやく上がってきた。カテドラルも残るは地下の動力部と外層の完成を待つのみだ。」
「先程申した通り、メシア教も前にも増して信仰厚く、急速に信者を増やしている。彼らの信仰心は神を迎えるに十二分に足ろう。」
ウリエルは付け加えた。三人のうちでもっとも義に厚く厳格な者である。
故にミカエルは満足した。
「貴様がそう判断したのなら心配はない。」
♪ 寒風酷暑ものかわと 艱難辛苦打ちたえて
整備に当たる強兵(つわもの)が しっかりやって来てくれと
愛機に祈る親ごころ
「あらゆる事物は正しい方向へ向かって流れている。」
ウリエルが満足そうに囁いた。
「渾沌の世ももうすぐ終わりを告げる。」
ラファエルがひとりごちた。
「そして、その時こそ始まるであろう。未来永劫、終わることのない至福と喜びに満ちた世界……千年王国が。」
「しかし、問題がないわけではない。わかっているだろう?」
ミカエルの冷静な指摘をうけて、ウリエルは苛立たしげに顔をゆがめた。
二月ほど前……計画どおりメシアによって、巣鴨プリズンでメシア教徒の虐殺を執り行っていたカオスの首魁の1人・天魔ヤマが倒れ、カオスの勢力がなりを潜めてきた矢先のことである。
カズフェルがメシアの手にかかって死んだ。
計画に狂いが生じた最初だった。
このことは大きく大天使たちを動揺させ、彼らはメシアに神の理を説くよう品川のハニエルに命じる一方で、メシアが凶行に走った背景を徹底的に洗わせたのである。
結果、捜査線上に浮かび上がってきたのが、ある1人の男だった。
「……人間ごときが……!」
「おちつけ、ウリエル。怒りは焦りを生み、焦りはくだらぬミスを招く。」
「しかしラファエルよ、あの男にたぶらかされメシアは道を誤ったのだぞ。」
その言葉にさしものラファエルも一瞬目を血走らせたが、奥歯をかみ締めて怒りを噛み殺すると、
「…………だから落ち着けといっている…………」
とだけ言った。
ミカエルはそんな二人を軽くなだめ、自分は重く腕を組んだ。
「ルイ・サイファー、あの者は一体何を企んでいるのだ。」
「私が思うに、」
ミカエルのそれは無意識に口をついて出た言葉であったが、それを承知しつつもラファエルは応答した。
「彼は恐らく人間ではない。」
ミカエルは一寸動きを止め、瞳を動かしてそちらを見た。
「同感だ。」
「ならば!」
先程よりもさらに猛って立ちあがったウリエルに、ミカエルが視線を向けた。
業火のような視線だった。
息が詰まって、身動きがまるで取れない。睨まれただけだというのに。
「……救世主は今や我らの手中だ。まあ、座れ。」
途端、どっと硬直が解けた。糸を切られたマリオネットのようにウリエルは椅子に崩れ落ちた。
「手は既に打ってある。案ずるな。」
「あ、ああ……」
気を抜くと叫び声が口をついで出ようとする。故に返事はそれだけだった。
「時にミカエルよ。」
ラファエルが口を挟んだ。助かった、気がつくとウリエルは安堵の息を吐いていた。
くそっ、不快だった。
♪ 過ぎし幾多の空中戦 銃弾うなるその中に
必ず勝つの信念と 死なばともにと団結の
心で握る操縦桿
そんなウリエルの軽く一瞥しつつラファエルはミカエルに向き直って、
「乱心したハニエルだが……いかがしよう。現在、捜索隊が方々探して……」
「捨て置け。」
ラファエルの言葉は、即、遮られた。
「……は?しかし、」
「捨て置けと言っている。」
眉間に深い皺が寄っている。ミカエルは口元を歪めた。軽蔑の表情だった。
「無能、愚鈍、無知の類は神の僕ではない。放っておけ。」
「……そうか、了解した。」
ミカエルがそう判断したのならば、ラファエルに言うべき言葉はない。……押し黙るのだった。
「案ずるな、ハニエルなど居らずともことは順調に進んでいる。まもなく、真の法の時代が幕をあけよう。」
弾かれたように頷くラファエルとウリエル。
ミカエルは不器用に唇の端を持ち上げた。笑っているのだ。
と、その時。
部屋の扉が勢い付いて開いた。
降りかえるとそこには、翼を背に負った華奢な顔立ちの青年。
彼はガブリエル。ミカエル、ラファエル、ウリエルと同じく四大天使の1人であり、無限に存在する天使の内、もっとも清浄と純潔を愛するものである。
そのガブリエルが、部屋に入った途端、いきなり壁を乱暴に殴りつけた。
ものすごい形相をしている。
「……どうした、ガブリエル。遅かったではないか。」
ミカエルの侮蔑を隠そうともしない問いかけは無視された。
つかつかと早足に三人に歩み寄ると、喫煙の現場を摘発した教師のように横柄な態度で円卓を思いきり叩き、おもむろに手を伸ばして
♪ 干戈交ゆる幾星霜 七度重なる感状の……かちっ。
ラジカセを停止させた。
「………………何度言ったらわかるのだ、あなたは。加藤隼戦闘隊は止めていただきたい。」
ミカエルは顎に手を当て暫しの考慮の後、ゆっくりと愁眉を開いた。
「ガブリエル、貴様……特攻隊節の方がよかったのか?」
ぶちっ。
「ちっが〜う!!」
こめかみに浮き上がっていた血管が切れた音、ガブリエルの絶叫、そして彼が和式円卓、即ちちゃぶ台をひっくり返したのは、まったく同時だった。
茶請けのせんべいがばらばらと散乱し、ぶちまけられた緑茶が敷かれて間もない畳に染みをつくってゆく。
「な、なにをする、ガブリエル!特攻隊節も気に入らんのか!わがままなやつめ、じゃあどんな軍歌がお気に入りなのだ!『神風だから』か!?『軍神加藤少将』か!?それともオーソドックスに『ラバウル小唄』……」
ぶち、ぶちち、ガブリエルの血管がもう二、三本切れた音。
アバドンのごとく大口を開けて怒鳴り声をあげた。
「いい加減にせんか、この薄らビョウタン!私は、軍歌自体をやめろと言っておるのだ!」
「ええ〜〜!?」
ミカエルが驚愕に目を見開いて物凄い顔になった。どれくらい物凄いかというと、楳図かずおの漫画くらい物凄い。
「軍歌だけではない!旭日旗を掲げるのも、床の間の日本刀も、一日一回教育勅語を読み上げるのも、竹槍の訓練も!二度とやるんじゃない!」
「ええぇぇぇぇぇ!!」
更に物凄い顔になった。どれくらい物凄いかと言うと、心にトラウマを持った幼児の描くタイトル「お母さん」くらい物凄い。
投げ出されたラジカセがどんと音を立てて踏み潰された。飛び出したテープがもう片方の足でぐしゃりと蛙のように踏み潰される。
ガブリエルが立ちはだかっていた。
満面を朱に染めミカエルが立ちあがり、猛然とガブリエルを怒鳴りつけた。
「貴様ぁ!天魔鬼神を屠るのに尊き命を捧げた、星屑の英霊を侮辱しているのか!兵隊さんは千年王国(おくに)のために、戦地で泥の水をすすっているのだぞ!恥を知れ!」
「やかましいわ、この顔面ハリケーン!その軍国趣味を止めろといっておるのだ、私は!千年王国がドンドンパチパチ戦争やる気なのか!?」
「それでも千年王国男児か!万世一系の唯一神陛下の臣民か!」
「そのようなことを言って、三十余年前の太上老君との会談のことを忘れたのか、あなたは!あなたの軍歌メドレーの所為で、台無しになってしまったんだろうが、ええ!?」
そんな事実があったらしい。
「え〜い、屁理屈ばかりこねおって小賢しい!さては貴様、アカだな!?主義者だな!?舌先三寸で人民を惑わし、国体を辱めるこの売国奴め!この、非国民めぇぇぇ!」
「だぁぁぁぁ、わからん人だなあなたも!」
頭を掻き毟ってガブリエルが体を降りまわしたその拍子に、神棚の写真立てがばたんと落ちた。きらりと輝いたガラスの中では、やたらと偉そうな面構えの禿げたおっさんの顔が年甲斐もなくピースして笑っている。
無意識にガブリエルの足がそれをむんずと踏み付けた。
途端、ミカエルが目を血走らせて叫んだ。
「後真影を土足で…………き、貴様ぁぁぁ!!」
「御真影……あなたはそんなものまで……」
肩をぷるぷると震わし始めたガブリエル。同時に、背後から「ゴゴゴゴゴ」と指で殴り描いたようなような描き文字が。
ミカエル、そんなことにはまるで気付かず目を血走らせて、絶叫した。
「こい、大和魂を見せてやろう!一人十殺メギドラ……」
ぶっちん。
途端、空を裂く化けガラスのような掛け声。
「ほあちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガブリエルの放った蹴りはミカエルの喉元にクリーンヒット、パチンコ玉みたいにぶっとんだ。
天井をぶち破ると「オンオンオン……」エコーを残して、空の彼方へと消えてしまった。
「……次はあなたたちか?」
振り返ったガブリエルにギロリと睨まれて、慌てて首を横に振るウリエルとラファエル。
「僕たちは、軍部(ミカエル)にだまされただけで〜す。」
「被害者で〜す。」
「………………気に入らん!あた!ほあたあああ!!」
烈火ともいうべきガブリエルの一撃は、へらへらと白旗を振る二人の視界を血の色に染めた。
「燃えよ……」
「ドラゴン……」
意味不明のメッセージを残して、二人はばったりと血の海に伏すのであった。
真・女神転生IIにおいて三人の大天使とガブリエルが道を別ったのは、なにも千年王国の解釈の相違だけが原因ではない。実はこんな事情が背景にあったのだ。
根が深いのである。
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