●悪魔とは



ペイン > 濃い話題・・・・し始めると止まらない・・・(爆)
例えば、悪魔とはなんぞや!?
・・・シンプルだけど、ディープですよね、これ・・・

さあ、回答求む!!!

モコ > 天使とか正義の味方(?)が存在する上で、必要な存在。って感じでしょうか・・
悪役がいるから話が成り立つっていうか。
分かりやすい存在ですよね。良いやつと悪いやつ。
BOBY > 悪魔とは何か?
・・・ときかれると、俺は「人間」と答えます。 単純ですけど、実際そう感じてます。 うーん・・・上手く説明できませんが・・・・(汗)。
none > ペインさんの「悪魔とはなんぞや!?」に対する私の意見は、
「人間が作った想像の産物なのだから、悪魔を想像出来る人間自身が
悪魔に成り得るものである。」っていうことでしょうか?
あまり深く考えたこと無いので、この話題で深く考えられればと思います。
モコ > 人間が生み出した・・・といったら、天使もそうですよね。
悪魔になり得るなら、天使にもなり得・・・ないか・・・なぁ・・無理?(汗)
って、今は悪魔の話だった。
none > 当然、私は人間が生み出したものである以上、天使にだってなれると思いますよ。
ただ、ねぇ、ほら、なんとなく・・・
「私は天使です。」
なんて言われると「嘘やん!」って思っちゃうじゃないですか。(笑)
疑う事や騙す事がある以上、人間≒悪魔って構図の方が正しいと思いますが、 この結論ってちょっと論点がずれてますね。すみません。
何方か学術的・文学的・史実的な切り口で続けて頂ければ嬉しいですね。
Byleistr > 学術的でも何でもないので恐縮なんですが(汗)、私は悪魔と聞くと とりあえず古の神々っていうイメージです。
バエルにしても元はパレスチナ辺りのバール神がユダヤ教に貶められた 姿ですし、堕天使の中にも元は神として崇められていた者が多いですし。
日本の国津神やインドのラクシャーサにしたって同様のケースだと思います。
これらに征服者側の神々、ユダヤ教を起源とする神や天津神、ディーヴァ 神族など、を加えたものがメガテンで言う悪魔と解釈してます。
HDK > 「想像力で創造されたもの」っていうのが行き着いた答え。

ケルト神話や国津神はアニミズム(自然)信仰の表われだし、その信仰は今でも行われている地域がありますな。
ユダヤ教は歴史的に見て「最もユダヤ人に都合のいい形」で表出された宗教であるため歪んだ印象しかありませんし。

結局「人間以上の存在は自然」ということでしょうね・・・。

神話作成はさぞかしクリエイティブな仕事だったんでしょう。

メガテンでいう悪魔の概念は、「世の中の全ての事象が具現化した存在」だと思います。
だからこそ、電霊という存在がいるわけで。
TA > 普段使われるdevil、demonといった単語の元をたどれば、サンスクリット語のdev(光り輝くもの)に遡ります。
すなわちdeva、ディーヴァ神族のことですね。
ところが、隣りのペルシアにいくと悪神を「ダエーワ」と言うようになります。
これは、長く交戦状態にあった隣国のインドの神を悪神として貶めた結果です。
後、ヨーロッパの文化がこれに交わるようになってから、このダエーワのイメージが中東から小アジア、ギリシア・ローマへと伝播してゆき、ギリシア哲学のダイモーン(daemon)やdemon、devil、divinといった単語として定着していくわけです。

こうして伝わっていく際、一定の想像力を働かせることによって、隣国から受けるイメージを、ある時は無意識に、ある時は故意に歪曲することによってその言葉の持つ意味は微妙に変わっていったのでしょう。
それは、国際的関係をも考慮に入れ、自らの視点に立った他民族への普遍的イメージ、又は属性として「利用」されるようになったのではないでしょうか。

つまり、単に歴史的観点のみから言及するならば、「『悪魔』とは、時間的・地理的経過を経、これに政治的要因を加味して醸成された、ある種ツールとしての意味合いの極めて強い集合的イメージ」と言うことができるかもしれません。

もちろん僕はこんな風に思っちゃいませんが(爆) じゃあ言うなって。ごもっとも。
none >TAさんは、悪魔について御自身の考えを挟まない歴史的観点の書き込みをして頂いて、
有難う御座います。宗教って結構いい加減なんですね。私はもっとこう、
純粋な信仰心が浸透していくことで布教していくものだと思ってました。
キリスト教については、そういう考えを持っていなかったので、
あんまり良い印象が無いんですが、他の宗教も似たり寄ったりってことですね。

HDKさんの悪魔についての考え方は、抽象的過ぎてよく分かんないです。(失礼)
とりあえず、宗教の中に自然信仰とそうじゃないものとあるんですよね?
で、自然信仰の宗教としては、神道やケルト神話がある。と。
で、そうじゃないもの(これを指す名詞があるなら教えて頂きたいです)としては、
ユダヤ教の類がある。と。
では、自然信仰の成り立ちは、自然そのものに対する畏怖や感謝によるものとして
納得できるのですが、そうじゃないもの(ユダヤ教とか)は、
どのようにして発足できたのでしょうか?

あと、上記の分類であれば、キリスト教やイスラム教も非自然信仰ですよね?
では、ヒンズー教や仏教、儒教も非自然信仰になるんでしょうか?
また、ギリシャ・ローマ・エジプトの各神話は、どのような分類として捉えることができるのでしょうか?
質問ばかりで申し訳ないです。推薦図書などがあれば、
或る程度私自身でも勉強しようと思いますので、宜しくお願いします。
TA > キリスト教、スラム教はユダヤ教を母体として発生した、というのは今更言うまでもありません。
ユダヤ教の発生自体は、紀元前のメソポタミアから地中海世界、エジプトまでを含んだ、恐らくセム系民族間の(エジプトはハム系ですが…)民族闘争に端を発すると思われます。
当時これらの地域を覆っていた、地母神・太母神信仰の根幹を成す循環的時間の概念を逸脱した形態の、極めて父権的指向と直線的時間の概念の強い宗教としてユダヤ教が生まれたのでしょう。
ではそのきっかけは何かという事ですが、決定的になったのは、よく知られているようにモーセがシナイ山にて十戒を授かった時と言えるでしょうが、より根本的には、先述の通りユダヤ系民族への他のセム系民族の抑圧に対する怒号の発露、といった感じになるでしょうか。
したがって、これ以前に南ヨーロッパからオリエントに広がっていた宗教、すなわちギリシャ・ローマ・エジプトの神話は自然信仰の形態をとるということになります。

あと、僕はあまり詳しくないのでよく分かりませんが、ヒンズー教は、その前のバラモン教が自然信仰の形態をとると思われますので,これも自然信仰になるように思えます。
仏教はヒンズー・バラモン教の神が入っていますが、信仰の対象はハッキリと「仏」(と言うと語弊があるんだろうな…)となっていますから、自然信仰とは違うでしょう。
儒教は宗教ではなく、対人関係における道徳などを示したものですから、どちらにもカテゴライズはできないと思います。

推薦図書…う〜ん、僕が言えるのは、とりあえず中身をチラッと見て、あまりにも突飛な内容のものは避けたほうが良い、ということくらいですかねえ…。
それ以外ならなんでも良いと思いますよ。
一つだけでなく、関連図書は幾つか読んで、対比させながら考えていくのがベストではないかと…。
none > 基礎知識が無いためか、3回位読み直して何とか飲み込めました。r(^^;
儒教に至っては、根本的に捉え方が間違っていたようですね。

推薦図書の御指摘、学問を学ぶ上で然るべき道は唯一つ、 って言うところでしょうか。(食欲…もとい反省)
近道を探さずに、時間とお金と相談しながら、 ボチボチ頑張ります。
ペイン > 皆さん、レスありがとうございます!!!!!
自分でふっといて、今頃レス・・・m(__)m
僕的な考えでは、人が創った人の負の感情の形、ではないかと。
・・・・一言で終わってしまった・・・・

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