●L-D軸とL-N-C軸
長脛彦:
ちょっと軽い感じで。あまり下と比べないようにw
とりあえずChaosとLawについて。
次はLightとDarkについて。必ず書くのでお覚悟をw
Chaosは基本的に自分が思うことをする。というのが信条。
そのため、わがままというように見られがちとのこと。
また逆に言うと、自由を何よりも好むとも言える。
Lawは基本的に社会の為、他の為に行動するという特徴がある。
そのため、不正を許さない堅い性格と見られる。
しかし、逆に公平を好むということができるだろう。
まぁ、よく判らない人は参考にしていただければ幸い。
軽いですか?濃い掲示板発生の元凶・L-N-C
s・バレット:
未だに僕はライトーダーク軸は、TVゲームとしての演出に過ぎないと思っています。
フィールドに出て来ない特別な悪魔が仲魔にできる特典があるのとないのとでは、「悪魔合体」というシステムの重要性が全然ちがってきますから。
ダークも然り。会話ではどうしても仲魔にできない悪魔がいた方が、変化があって面白いという理由から、ダーク悪魔という分類は存在するのでしょう。
恣意的で独善的な価値観のともなうL-D軸(善-悪)の垂直の構図を
水平に読み換えたものがL-N-C軸であり、二つの軸は相矛盾するものではないでしょうか。
そんな二つをX軸Y軸とした座標空間に悪魔を分類するメガテンには、無理があるでしょう。
物語、あるいはメッセージ性をそこに仮託するなら。
双方はそれぞれ作家性を示す為の分類、ゲーム性を高める為の分類、というふうに異なった役割をなす分類である、と考えるのが、私にとっては自然。
L−D軸が、物語上では完全に軽視されているのは、そんな事情からだと思っております。
まあ、それは制作者側の意図の話で、それをプレイヤーである我々がどう受け取るかは、我々の勝手ですが。
「メガテン」という枠を離れて現実世界の事情と照らし合わせて見れば、L-N-CとL-Dで仕切られたメガテンの分類はかなり興味深いものです。
「ゲーム性を高める為の分類」であったはずのL-D軸がえらいことに。
堕天使はなんでダークじゃないんでしょう?天使も。
Re: たまにはね
長脛彦:
内容が軽いんじゃなくて、軽い気持ちで読んでもらえばと思っただけです。
言葉が足らなかったみたいですね。
さて今回はLightとDarkについて。
今回で最終回・・・かな?
Lightは本来(TRPGによるとつまり大司教は)外交的な性格。
そのため、コミュニケーションを多く取っていこうとする性格。
反対にDarkは内向的な性格ということ。
コミュニケーションを取らないため、他人の痛みを解らない。
イメージとしては世間一般が考える「オタク」のように思われる。(差別的かもしれないが)
その為に他人、若しくは自分自身をも破滅させてしまうことがあるとか。
これを表しているため、基本的に善悪を表している訳ではない。
結果的に善悪ということになっているが。
前回とあわせて解りにくいと思われるところを比べると、
DarkとChaosだが、説明にある通り、Darkは内向的、カオスは我侭、ということを表している。
こうしてみると混同しにくいかもしれない。
高位の魔王は、唯一神の世界ではなく、自分の思う通りの世界を作ろうとする。
Dark-Lawはイメージしずらいかもしれない。だか、この性格は、ただ服従するだけ、付和雷同、
盲従、ということが出来る。
>s・バレット様
>堕天使はなんでダークじゃないんでしょう?天使も。
という質問ですが、
堕天使は降天使が居る場合はDarkとなっています。
周りをよく見ないため(井の中の蛙?)傲慢により落とされた、というところでしょうか。
降天使は、唯一神に縛られず、人間に様々な事を教えた。
一説によると落とされたのではなく、自分から降りたのだ、とも。
天使は、とりあえず外交的であったので(身の程をわきまえた?)堕ちなかったのではと。
まぁ、よく判らない人は参考にしていただければ幸い。
スナイパーもりもと:
軸解釈、ですか…。こればっかりはメガテニスト永遠の問題でもありますね。
今となっては入手の難しい「Club 邪教の館」等でも論じられてますが。
「単純な勧善懲悪からの脱却」とか、そういう目論見が、
当初あったようではあります。あの軸構造。
しかし、現段階においては、それこそも古臭い考えになりつつあるようで。
そうなると、複雑化もしくは単純化、どちらかの道へ行くことに…と。
アトラスなりに考えた結果が、if…以降の作品で見え隠れ。
………やっぱり論じ出すと「軽く」はなりませんよ〜…。
初心者はともかく、ある程度「浸かってしまった」者達は(苦笑)
Dark-Law>盲従に付和雷同…ですか。
この説明は確かに邪鬼とかを規定するには適当かもしれませんが、
邪神とかに規定するには拡大解釈が必要ではないですか?
私としては、「Lawの概念の為には、何をやっても構わない」
という理念を持つものたち、と考えております。
テスカトリポカなんか良い例じゃないですかね。
生贄を要求したり、怒らせるととんでもない神様だけど、
約束さえ守れば人間にしっかり加護を与える、という感じで。
真2のミカ・ラファ・ウリなんかもこれじゃないかと。
…やっぱり軽くなくなった〜(苦笑)
PS/「エンジェルは耳を貸そうとしない!!」…真1において。
外交的〜♪(これはネタです、基本的には長脛彦さんので良いと思います)
Re: たまにはね
s・バレット:
>しかし、現段階においては、それこそも古臭い考えになりつつあるようで。
確かに。今となっては、神が悪者のフィクションは、山ほどありますからね。
これだけ邪険にされちゃあ、なんか神様が不憫になってきます。
Re: たまにはね
長脛彦:
なんか最近ここによく書き込んでるなぁ。
邪魔だったら消しちゃってくださいな。マスター
>スナイパーもりもと様
>「エンジェルは耳を貸そうとしない!!」…真1において。外交的〜♪
見事なトリーシャチョップ並みの突っ込み!(知らないか)
天使というのは基本的に神の使いっ走り。
神の意思を遂行中なので人の意見は聞いてられない。
といったところでしょう。
>これだけ邪険にされちゃあ、なんか神様が不憫になってきます。
そう?例えばAOKとかで一般市民をDELしていくような感じで
ほいほい石化したり、洪水起こしてるのをみたら、
金星と神どちらが傲慢?てな疑問が出てくるけどなぁ。
まあ、いうこと聞かないからってだけじゃないと思うけどね。
Re: たまにはね
s・バレット:
>そう?例えばAOKとかで一般市民をDELしていくような感じで
えっとつまり、猫も杓子も神のそういうふうな側面を非難して、
それをあたかも「まったく新しい、オリジナルな発想」であるかのように喧伝する数多の創作に対し、私が抱いている辟易の情、
その裏返しとして「神様は不憫」という言葉を使ったわけで。
いまさら「殺すべきは……神!」とかいわれても、食指が動かないんです、少なくとも私は。
「暴君としての神を非難する」という発想自体、オリジナルはメガテンではありません。ゼウスを否定的に扱うプロメテウス神話『縛られたプロメテウス』を書いたアイスキュロスは古代ギリシア、紀元前の人間ですし。
素朴で単純なファンタジーがまかり通っていたTVゲームにおいて、メガテンの黙示録的な雰囲気と思想性を強く打ち出したストーリーは衝撃的だったのでしょうけど、神を暴君と捉える発想自体は昔からあったわけです。
で、「もうそこんところばっかりほじくってあーだこーだ言われるのは神様もあきてるでしょ」と。
それに、[54]の書き込みに対するレスでTAさんが「歴史の流れは神の意志ではなく、人間の意志による」と言っているように、神の横暴はある意味、人間の横暴の写し鏡にすぎないわけであり、虚像にすぎない「神」を打ち倒して「やったあ」「やったあ」「にんげんのしゅたいのかいふくだ」では、もうそろそろ「能天気」と呼ばれても仕方がないところにさしかかっているのではないでしょうか(余談ですが、真1のニュートラルエンディングを私は胡散臭く見ているのですが、その一つの理由が、これです)。
さびしいので
あび:
>恣意的で独善的なL-D軸(善-悪)
ゲーム的ではあんまりなので考えてみました
L-D を生物的軸(生存−絶滅)、創造維持神からみた近−遠
L-N-Cを社会的軸(生き方)
ってのはどう?
Re: たまにはね
s・バレット:
>L-D を生物的軸(生存−絶滅)
あ、なるほど。しっくりいきました。
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