●L-N-C討論


「なんだ、一体!!」      s・バレット

今、急におもったんですが……ロウって何だ!ニュートラルって何だ!カオスって一体何なんだあああ!

近頃、真・Vのストーリーは一体どうなるのか、を夢想するのが趣味となっている私。 その妄想の中であらためてロウ、ニュートラル、カオスという枠組みについて考えてみているのですが……やべえ、道に迷っちゃった……

それぞれの定義と意味について考えると夜も眠れず、昼間ねています。
うわー、やっべー、やっちゃったかな、ぼく。

み〜なしゃ〜ん、何だ〜とおも〜いま〜すか〜。脳髄がクラゲ状態。


HDK > 何となく思うんですけど、カオスの思想には矛盾が出てきてしまっているような気がするんですよねぇ。
カオスの特徴は混沌としていて自由で、無秩序で形が一定でない事だと思うんですけど、その割にはルシファーを頂点とした秩序ができちゃっているから真Tエンディングでのルシファーが言うように「我々も彼(Y.H.V.H)の一部でしかない」つまり唯一神の手のひらで踊っているだけの話になっちゃうような気がするんですよ。

BOBY > ああ、属性については俺も日々考えてます(汗)。
例えば、真Uにおけるルシファーってどう考えてもCHAOS−DARKには思えませんし、ミカエルとガブリエルが同じ属性というのも変だと思います。
そして、俺的にどうしても結論が出ないのが「目的のためには手段を選ばない」という考え方。
LAW−DARKということになってますが、ある意味CHAOSやNEUTRAL的な考え方だと思うんですよ。
さて、ちょっと妙な話になってしまいましたが(汗)、みなさんはどうお考えなのでしょうか・・・?

s・バレット > タクティクスオウガでは、時代の革新の意志をカオスとしていました。
ルシファーを唯一神に逆らうものだとすると、タクティクスの思想を流用してもいいよ〜な気もするが・・・・・・いやしかし、サタンは・・・・・・むむ〜

s・バレット > 連続レスで駄目なことだと思うが一言。
ライト−ダーク軸って思想としていらない気がする。それともシステマティックなものなのか?

あび > ’悪魔(神)あり、後に分類ありき’ってことではないかと思います。
社会認知上、ゴッドサイドなものはライトと…、で神の裁きとサタンの破壊が同様なものをもたらす事の強調にサタン=ライト(まあ、物語上)。
分類、思想は後ずけなんで矛盾点もでる…、けど

HDK > ロウ・カオス・ニュートラルの区別は結局人間の考え方だから、時によって変わる(サタンとか)のは人間らしくて何の問題もないと思います。
むしろ固定イメージに縛られる方が問題のような・・・・。

TA > 真・2におけるミカエルら3セラフとガブリエルは明らかに異なる属性ですね。
神の意志を注意深く最後まで遵守したのがガブリエル(L−L)で、ミカエル達は「神の為」を思うあまり、手段を選ばない方向に暴走してしまったのだと考えられます(L-D)。
ただ、両者には共通して「神の意思の尊重」という題目が含まれており、それが専制的秩序を考察にいれるのであれば、これらはやはりLAWであると思われます。
CHAOSというのはいわば近・現代的民主主義の構想と近い所に位置付けられると思います。
キリスト教的秩序がLAWであり、仏教的無秩序がCHAOSという分類は、結構うまい所を使っていますね。NEUTRALは単にこれらの思想を絶対化しないだけのものでしょう(しかしとても重要な事なのですが…)。
また、LIGHT−DARKの観念は、我々人間の目から見て普遍的かつ本能的に分類される「善」と「悪」ではないかと考えています。
なお、L−N−C自体はムアコックの小説に準拠するものなのでしょうが、メガテンではそれらを敷衍して色々な要素を盛り込んでいますから、HDKさんがおっしゃる通り、共通した固定イメージを設定するのはあまり意味が無い事なのかもしれません。
ただ、想像力を膨らませて自分なりの論を確立しておくのは有意義な事であると思います。

s・バレット > う〜む、面白くなってきましたな、ディープでさ。
TAさんのイデオロギーとしてのL-N-Cという見方は面白いですね。
個人の意志の尊重がその性格の一部にあるカオスですから、確かに民主主義と類似する面はある。
記述を見た限り、TAさんはロウを全体主義的なものと見ているように思えますが、そうなんですか?全体主義=ファシズムと考えると、真2はさながら第二次大戦ですな。
違うか。
ついでに、イデオロギーの観点から真2のニュートラルをみると、それは真1のようにロウ・カオスを絶対視しないものではなく、むしろヒューマニズムの体現であると私には思える。
あと、仏教的無秩序とカオスがどうつながるのか、詳しく教えていただければ幸いです。
万物流転?

s・バレット > で、セラフ論争ですが、自分としては、四人ともL-Lではないかと。
究極的なロウとは、唯一神の意志を全てとして、それに反する個の意志を認めないものだと思うんですよ。
とすると、ミカエルもガブリエルも、自分は神の意に沿っているのだと確信して行動していたわけですから、そこに個としての意志は希薄です。
3セラフとガブリエルの相違点は暴走していたか否かというよりも、むしろ神の意志をどう解釈していたか。
3セラフは千年王国という結果を重視し、唯一神も当然そうであろうと考えていたが、ガブリエルは千年王国自体よりもそこに住む人々の意識のあり方に重要性を感じていた。
唯一神の意志はガブリエルに近かった。
そういうことなんじゃないでしょうか。
L-D軸による分類は現実の信仰においてどう扱われているかを見て、ドライにカテゴライズした結果と私は見る。
L-D軸を見て悪魔を語るのは無意味だが、その分類を行った人間の側を考察するのは有意義かつオモシロなことです。

HDK > 真Uの場合メインストーリーに天使が絡んでくるためロウの極限に唯一神が来ると言う事になりがちだと思うんですが、本来ロウって「秩序のある統制の取れた状態を保つ事」だと思うんですよ。
で、セラフの場合それは「唯一神による完全統一」を目指していた。
そこには手段の違いはあれミカもガブも変わらないからセラフは全員L−Lだと思います。
唯一神は人間の意識のあり方については「我を信じよ、さすれば救われる」以外には要求しないって考えていますので(人間がアリの群れを見るような状態)、エデンへ行く人の選択はガブの独断だと思います。そうじゃなかったら唯一神と戦う前にガブと戦う事になりますから。
あと一つ思ったんですけど、カオスの極限にいる存在って何なんでしょ?ルシファーは唯一神の一部に過ぎないから違うし・・・。
さらにもう一つ。ライト−ダーク軸って悪魔の側にしかありえない事でしょう。
神話によって固定化した役割を演じている悪魔は良い悪いがはっきり分けられていますから。
善悪の区別は大人になると一概には分けられなくても成長過程においては絶対に必要ですし・・・・。
大人になると客観論なんてあまり役に立たないし。
客観論をベースに主観でものを論じるようにならないと何一つ決められないっていうのもありますね。

あび > ロウ「統制をたもつ事」ならば、カオス「混乱をもたらす事」でカオスの極限存在と言ってしまうと行為をさすのではないでしょうか?
秩序の記号として唯一神のもたらす世界→’唯一神’に対して、カオスは性質上頂点としての存在がないから、悪魔をカオスの記号にできないのではないかな。

あび > TRPGのルーンクエストに’混沌=エントロピー’があって、私はそれがお気に入り

TA > うわ、すげえ。
もはや一行レスの限界超えてますね(笑)。
s・バレットさんのおっしゃる通り、僕の中ではLAW=全体主義と見ていただいてOKです。
「仏教的無秩序」と記したのは、単にキリスト教的な確たるヒエラルキーの存在しないという想定の下のことですので、厳密に言うならウパニシャッド哲学としたほうがしっくりくるでしょうか。
話題が徐々にセラフ達とCHAOSの位置付けに行っているようですので、僕の考えを補足しておきます。
結局、セラフ達の目的は千年王国の創造にあったわけですが、これは本当に神の意思であったのか。
前回のカキコから少し考えてみたんですが、この計画はともすればガブリエルを含め純粋にセラフ達だけの意思ではなかったかという考えに至りました。
つまり、神の待望である「はず」の千年王国をつくりあげる。
そのためにはメシアが必要だったわけですが、ゲーム中に「我々はメシアの出現を待った。
しかし現れなかった。待てなかった我々はメシアを作り上げることにした」というような主旨の発言が出ますよね。
最初はこれにガブリエルも加担していたか否かはともかく、神の意思には沿わないことだと判断し3セラフより離反。
結果としてそれは正しかったという構図が見えてきます。
そしてミカエルらは「神の為」と勘違いし、神に見放されることとなったというのはいかがでしょう?
で、結局神に対する忠誠はある(LAW)けれども「人間から」見て「本能的に」許されない行為(DARK)に至った、というのが結論です。
HDKさんがおっしゃる「神話の役割による悪魔の良し悪し」に関しては微妙な問題だと思います。
というのは、同一神話内でも或る神(ないし悪魔)がヒーロー的な行動を取る時(=善)もあれば、どう見てもヒールとしか映らない行動を取る事(=悪)もあるわけで、とりもなおさずそれを判断するのは我々人間である以上、LIGHT−DARKは人間自体が主体だとも取れるからです。
ちなみに、ここで言う「善」と「悪」は理性的に判断する部分や、世界規模で言うならば各国毎のパラダイムの違いによって生ずる性質のものではない事をことわっておきます。
飽くまで「本能的に」察する部分で、例えば「いたずらに人を殺す」といったようなものです。
ちょっと長くなってしまいましたので、CHAOSについては次で。

s・バレット > 真2のロウルートにおける最大の謎と私が思っていることに、サタンは何故イレースを行ったのかということがあるんですよ。
唯一神を裁いて新たな統治を切り開こうという心積もりがあったのなら、唯一神の意志に従った訳ではなく己の意志でイレースを行ったということになりますよね?
何故消去する必要がある・・・・・・衆愚政治を嫌ったのか?

s・バレット > L-D軸は完全な人間の主観であると観念しました、こないだ。
乱暴な区分になってしまいますが、各々の神話を持っていた人々の意思を尊重した上で
「人(人類全体ではなく。自分自身+家族や自分の属する民族といった拡大された自己のこと)に得なことをすればライト」
「損ならダーク」
「大して毒にも薬にもならないならニュートラル」
という基準で分類が行われているのでは。
神話ってもともとそれを創造した連中に都合の良いようにできてるじゃないですか。
だから、ガネーシャがギリメカラになっちゃったりする。
人間って自分と、拡大された自分しか「人間である」と感覚として認識できないと思う。
出来てたら南米の文明やネイティブアメリカンが蹂躪されることはなかったでしょう。
現在、地球人類規模の普遍的善悪が構築されているように見えるのは、「拡大された自己」の範囲が理論の面で広がった結果だと思う。
それでも民族紛争が存在しているのは、ヒトのそういった性質ゆえではないでしょうか。
ロウ・ダークを本能的善悪と考え、それを普遍的であるとすることは、ほんのうてきと言い換えた画一的な価値観の存在を認めていることになると思うのですが。
戦争にいけば大量虐殺は英雄じゃないかという議論はよく耳にしますが、「人類」が意識されない状態、時代においてそれは皮肉ではありません。
喧嘩売ってるんじゃないっすよ。
議論議論(冷汗)

s・バレット > それと、千年王国が唯一神の意志によるものではないというのは、鋭い意見だと思います。
なるほどねえ。
それにても長い一行レス。
もはや圧巻。
次のレスは新しいカキコを作ってするかな……

HDK > ふーむ人に与える利害の違いでD−Lを決める、ではガルーダとかはどうするんです?
ヴィシュヌもカルキみたいな面があるし、結局世界情勢でマジョリティの神話を重視している傾向があるように見られますかねぇ。
逆から見ればラクシャーサだって邪鬼ではなくなるっていうのはよう分かりますし。
グルル・ヤクシャも霊鳥になっちゃいますし。
民主主義で(一応)世の中が動いている現代、「数の勝利」ってありますからねぇ。
で、話が大きくずれている事だと思いますけどスーファミっていうのは対象年齢に制限がないハードだから自我の確立していない子供が真Uを手に取る可能性も十分あるわけです。
その時に善悪がある程度確立されていないと即座に裏ソフト行きになるっていう邪推もあります。

HDK > 考えてみれば神話そのものも書いた人・語った人のイデオロギーが大きく関わってくるから人間の主観になるのは当たり前の事でした。
自分と拡大された自分しか「人間である」と感覚しないっていうのは確かにそうですね。
日本でもアイヌの事がありますから。
でまた話が飛びますけどTAさんのセラフ論はすべて「真女神転生U悪魔大辞典」の中でアトラス開発陣の皆さん(岡田氏、金子氏、伊藤氏)がそのままの事をおっしゃっているのでそれが正論です。
これらの意見は例によって(笑)議論です。
思い切ってモコさんにこの一連のカキコをコーナー化しちゃうって手もあります・・・・・けど、それも面倒ですよねぇ。・・・ここでオチがついたかも。

HDK > 最後の「面倒」っていうのは面倒をかけるわけにはいかないって事です。
あれでは誤解されかねない・・・。

TA > HDKさんのご指摘に触発されて「真・U悪魔大辞典」を本屋で立ち読みしてみました。
確かに僕の解釈はほぼ製作者側に沿ったものでしたが、少し違う部分もありましたね(と言うか、判断に迷うような、僕が断定し切れなかった部分です)。
例えば、ガブリエルの行動とか、「メシアを待つ」事こそが神の意思であったとか。
でも、他にも色々考えられそうですよね。
一読してみましたが、製作者の意図も完全に説得力のあるものではなかったように思います。
s・バレットさんが話題にされていた「イレース」の問題も「ガブリエルがメギドアークを作り、エージェントとしてサタンと結託した」と、ごくあっさりと答えていました。
…苦しい考えオチっぽく感じるのは僕だけでしょうか?
s・バレットさんのおっしゃる通り、これだとサタンの真意がわかりませんし。
どうして最後の最後で「神を裁く」などと言うのでしょうか。
僕は当初ロウルートで進んだ場合、てっきり最後は神に(FCUの一ルートよろしく)迎合して終わるのかなと思っていました。
確かにこれは大きな謎ですね。
ちなみに、僕の定義が「本能的と言い換えた画一的な価値観の存在を認める事になる」というご指摘は、まさしくその通りです。
限定戦争にせよ全体戦争にせよ、戦争の目的は飽くまで外交で相手国に首を縦に振らせるという「目的」のための「手段」であると思います。
勿論相手国の兵を殺さずに済めばそれに越した事はないのですが、戦争に勝つ(=外交を成功させる)為に相手勢力を削る、相手の抵抗力を弱める事は必須です。
それゆえに相手国の兵を殺すのは必要悪です。
現代ほど国際的でない時代においての「大量虐殺は英雄」についても、相手を殺した事に対して賛美しているわけではなく、それによって相手勢力を減らした事に対する評価になるのが妥当であるはずです。
戦争中に理性を失い、脳内麻薬出まくりで変な状態になってしまう人もいるでしょうが、そうなるともはや人間として件の座標軸に収めるのは不可能でしょう。
こういった事柄を鑑みつつも、しかし人間には思わず目をそらしたくなるような、あるいは生理的に嫌悪感を覚えるような「何か」ってあると思うんですよ。
またえらく長くなっちゃったんですが。

HDK > オチのつく気配がないや(笑)。生理的嫌悪感っていうのは人間が長い間培って来た道徳観念から外れた事ですかね。
要するにタブーです。
で、サタンの「神を裁く」っていうのはサタンの考えというよりザインの考えのような気もします。
造られた時からザインはサタンだと見抜いた存在がどれほどいるのかは知りませんが、自分がサタンであるという自覚を持ったのはかなり後になってから(エデンに行く頃)だったような・・・・。
その間の経験が影響しているのではないか、とも考えられます。
まだ続くなこれ・・・。

s・バレット > 相変わらずクソ長くなってしまいました。
既に犯罪。
んと、普遍的画一的価値観の存在の是非についてですが、戦争という場においては、殺人を悪と観念する以前に、敵対する人間群を「人」とする意識が希薄なのでは。
そのために、確かに賞賛されるのは「結果」ですが、その時、「手段」に対する善悪判断は失念されていると私は考えます。
敵の死は「死」として意識されず、単に英雄が剣を振り下ろしたことによる応答作用となってしまっているわけです。
人は生まれ落ちたその時には自己すらない肉塊に過ぎないが、取り巻く環境との応答作用の中で次第に自己が創出され、やがては群れで生活する以上「自己の拡大」を行わなければならない宿命を背負っています。
拡大された自己と本来の自己の間に横たわるギャップを埋めることが、掟の性格を持った善悪概念(倫理観)が創出された意味の一つではないか、と考察しました。
しかしながら、動物としての哺乳類ヒトの普遍的生態(群れ、ボスの存在、子育てなど)から生まれてくる観念ならば、確かに存在すると私も思います。
そこにある種の普遍性があることは認める。
それが普遍的「価値観」と呼べるものか否かの考察が、今後の私の課題でしょう。

s・バレット > 私は、人を取り囲む環境(己の肉体も含める)がまず人の精神活動の基盤を作り、その基盤と外的要素の相互応答の作用が心であるとする、ルビンシュテインの論をベースとした(まあ、ルビンシュテインの本意の何分の一も理解できていないとは思うのですが)弁証法的唯物論(…っていうんだって、センセによると…)の立場をとっています。
よ〜するに理屈バカなんっすよ。
ので先天的な価値観の存在を是認している(と私には思える)TAさんの唯心論的な考えとぶつかっちゃってるんでしょう。
むつかしいなあ、実にむつかしい……善悪は。

s・バレット > それと、前回L-D軸の基準は人間へ与える利害にあると言いましたが、あれはあくまで厳密なものではなく傾向のことで。
「乱暴な区分」という表現がまずかったかな。
あれは「一概にそう言える訳ではないことを無視した、乱暴な物言いになるが」ということを断っているつもりだったんですが。
しかし、損得の論理ではなく、信仰上の位置づけが最も重視されているという見方の方がやはり近いか。
神聖視されるものが、お得だったり真理だったりと観念されている場合が多いから損得の論理に思えてくるのだろうか。
神話における役割を重視してL-D軸の分類基準について考察すると、ライトもダークも同じ存在であるようにおもえてくるなあ。
神も悪魔も、ことの善悪、吉兆、幸不幸、真理、自然、そういった一切合切の存在を、因果論に囚われざるを得ないヒトが是認する為の、存在を認める装置なんだなあ、ってね。
やはり行き着く先は人類学なのか。

s・バレット > で、ザインですが、彼はザインとしての性格とサタンとしての性格を併せ持っていたのですかね?
それとも、唯一神が遺伝子かなんかに細工して、イレースの実行がサタンの生理現象になっていたんでしょうか。
それにしても、マジョリティって何、HDKさん。
おぢいちゃん、横文字はわからんのじゃぁ。

HDK > 私はザインが生まれた(造られた)時からサタンだという事を本人は自覚していなかったのではと言っているだけで、生まれた時からサタンであるとは一言も言っていないんですが。
サタンに覚醒した時点でザインの経験は記憶していたとは思っていますけど、ザインだった時にサタンの記憶を持っていたようには思えないんですよ。
そもそもサタンは天使から見れば敵対者でもあるし、闇の部分を受け持って来たような面もある。
ロウルートではアレフとヒロコがキリストとマリアのような関係になって、アレフがエデンをまとめていくようにする事を望んでのことだったのかもしれません。
で、マジョリティっていうのは「多数派」って事です。
メジャーの名詞変化です。反対語はマイノリティーです。
しっかしネリチャギを入れたくなるような難しい言い回しが多い・・・。

TA > ん〜、難しい!s・バレットさんやHDKさんのおっしゃる事も頭ではすごくよくわかるんですよ。
僕でさえこんなに悩むのですから、哲学者達が発狂するのもうなずける(笑)。
僕としては一応今までの事は主に社会学的見地から発言してみたつもりです。
ちなみに、マジョリティとは「多数派」の事です。
マイノリティと対になる言葉ですね。
ザインについては、「ザインとしての性格とサタンとしての命題、あるいはその逆」というのが今パッと浮かんだんですが。
乱暴ですかね。それはともかく、漸くここからCHAOSについてです(笑)。
あびさんがおっしゃる通り、真・UにはCHAOSの代表としてルシファーがいますが、決して頂点ではないと思います。
「悪魔大辞典」にも「LIGHTとしての神を配置するために」つまり「光を存在させるために」DARK(闇)を想定した、と開発者達は語っていました(←うろ覚え)。
それを考慮にいれるなら、明らかに真・Uは全てのベクトルが唯一神に集約される事になります(まあラスボスが神ですから当然と言えば当然なのですが)。
ゆえに、開発陣の言うところの「真・UはLAWFULLな話である」にもちゃんと符合します。
しかし、真・Tを想起すれば、LAW→ミカエル、CHAOS→アスラ王(大日如来。つまりヴィローシャナですね)というように、それぞれキリスト教・仏教の代表であるとするにふさわしい顔ぶれがラスボスとなります。
換言すれば、各属性の代表としてキリスト教VS仏教という、非常にわかりやすい構図となります(アスラ王の背後にはルシファーがいましたが、大きく座標軸を揺さぶる存在ではなかったと思われます)。
以前僕が「キリスト教的秩序」「仏教的無秩序」とした理由の大きな要因の一つはこれです。
ですから、最初LAW−CHAOS軸というのは案外この程度がメインプロットとしてあったんじゃないかと睨んでいます。
で、真・Uに繋げる際にあのような形となったのではないでしょうか。ゲーム内の思想で考えると同時に開発サイドの事情にも考察を施すと謎も明確になるような気がします。
この解釈が全っ然正しくない可能性も当然かなりの率であるわけですが(爆)。

TA > しまった。マジョリティが既に説明されている…。すんません。

s・バレット > ザインとサタンについてですが、私も生まれた時からサタンとしての意思がザインの中で浮上していたとは思っていませんよ。
「ザインとしての性格とサタンとしての性格の同居」は真・U全編に渡ってのことではなくゲーム終盤からのこと。
ザインのイレースがあまりにも不可思議なんで、「なら、ザインは終盤、二重人格だったのか!?」な〜んてことを思い付いただけです。
HDKさんのおっしゃる通り、サタンはたしかに神の暗部を一手に引き受けた存在として語られることが多々ありますね。
だから、唯一神の教条から見ると悪行であるイレースを行うのは、ガブリエルや唯一神自身ではなく、サタンでなければならなかったんでしょうねぇ。
今思ったんですが、唯一神は、サタンのイレースが速やかに完遂したその後には、許されざる悪行を行った存在としてサタンを裁くつもりだったんじゃないでしょうかねえ。
要するに鉄砲玉です。汚れ仕事をやらせた後はポイ。
そんな奴っぽいでしょ、あの「顔」は。

s・バレット > 真TのL-N-Cについては、悪魔もそうですが、ヒーロー達が物凄く象徴的に描かれてますよね。
開発当初の想定では、絶対的価値観の存在を否定することが第一に考えられ、それを具体化する手段としてL-N-C軸が産み出されたのでしょう。
だから、ロウもカオスも自分が絶対に正しいと語る。そしてL-N-Cは価値観ではなく、ロウ=現在の神の支配秩序を守る勢力、カオス=それを覆すことを目論むものとして描かれているのではないでしょうか。
以前あびさんが「混沌=エントロピー」という力学的な視座から見たカオスのことをおっしゃられていたが、真Tにおける悪魔にとっての-N-Cは、まさしく力学として描かれていたのではないでしょうか

s・バレット > カオスのルシファーの位置については、私も彼は絶対的な支配者ではないとおもいます。っていうか、カオスに絶対的支配者は存在しないんでしょうね。
ルシファーは魔界人からかなり好かれているみたいだから帝位についていることが出来るけど、彼らがルシファーを認めなければ即座に支配者の地位から追われることになると思う。
これは以前TAさんのおっしゃったカオス=民主主義的という考えにかなり影響されています。
真Uのベクトルが唯一神に集約するという意見には、私も大枠としては同意します。
不思議に思うのは天津神・国津神の分類ですよねえ。どっちも唯一神にいぢめられていたわけだから、前の論理は通用せん。
では何か……。

s・バレット > そうそう、マジョリティの解説、ありがとうございます。
べんきょーになりやした。

HDK > 最もエゴイストな神サマですからねぇアレは。
自分の信仰者を増やすために地方の宗教を徹底的に排除した原因ですもんねぇ。

s・バレット > ってなHDKさんの一言がオチで、熱かった討論会も終了(?)よい勉強でござんした。また機会があれば。


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